12. 暇すぎる……そうだ、城下町に繰り出そう!

 そんなことを考えながら、細工の凝ったガラス皿に手を伸ばす。


 本日のデザートはおそらくシャーベット。

 色を見る限り、同じ皿に数種類のシャーベットが盛り付けられていたと思われる。


 想像なのは部屋に運ばれてきた時にはすでに溶けていたから。綺麗に作った後でわざわざ放置したのであろう。ご丁寧にミントまで浮かんでいた。


 お付きがいないのをいいことに、ガラス皿を両手でガッと掴つかんでズズズと豪快に啜る。


 もちろんミントもありがたくいただく。

 ドアの側で待機しているメイドには私の品のなさが伝わっていることだろう。だが今さらである。


 ベリーの甘みと柑橘の酸味がマッチしたシャーベット改め、凍らせてから溶かすという手間をかけたジュースを飲みきる。



 本日の昼食も完食。

 満腹になったお腹を摩りながら、どれも美味しかったなぁと思い出して頬を緩める。だがすぐに表情を引き締める。


「すみませ〜ん。食器を下げていただいてもよろしいでしょうか」

 ドアの向こう側に声をかけると、すぐにメイド達が部屋へと入ってきた。


「失礼いたします」


 三人とも綺麗になった皿をじっと見つめ、そこからさらに私の顔を見る。


 獣人は感情が耳と尻尾に出やすいのだと聞いたことがある。

 鳥獣人の彼女達の場合、耳の形がほとんど人間と変わらず、尻尾らしきものも見当たらないので参考にはならないのだが、顔を見れば言いたいことは分かる。


 不憫・可哀想――ドア越しに聞こえた会話と同じ。

 だが否定することはせず、代わりに小さくぺこりと頭を下げる。


 解毒剤を常にポケットに潜ませていた頃が懐かしく思える。


 今となっては、ぬるくなったスープや数日放置したパンを出すだけでも心を痛める彼らが、食事に毒を盛るという食への冒涜的行為をするはずがないと断言できる。


 すっかり冷遇生活に慣れた私だが、ただ一つだけ不満に思うことがある。



「冷遇生活がこんなに暇だとは……」

 現状をひと言で表すなら『暇』である。


 最近は毎日のように獣人達の鍛錬風景を見ている。武術は完全に素人だが、個々の癖も何となく分かってきてしまった。


 三か月の間に起きた事件といえば、実家から持ち込んだ服がまとめて洗濯に出されそうになったことくらいだ。


 必死で抵抗して以降、メイド達の目に哀れみが混じり始めた。

 てっきり嫌がらせをされるものだと思っていただけに、彼女達の反応には拍子抜けしてしまった。真意は不明だが、今のところ実害はない。



 そんなわけで、私の生活は驚くほどに平和なのである。


 外の動きも大体決まっているので、新しい記録はない。

 あまりにも暇すぎて、ついにシシアからもらった地図に書き込みを始めたのが十日前。私の持っている情報のほとんどを書き込んだ。


 念のため持って行くようにと言われたまっさらなノートは、今では今年の作物生産予想がビッシリと書き込まれている。これらを教会に送りたいくらいだ。もっともそんな術はないのだが。


 仲間からの大事な贈り物を取り上げられると悲しいので、今はどちらもマジックバッグにしまっている。



「何か時間を潰せるものがあればな〜」

 六歳の頃に三大聖女に選ばれて以降、三日以上連続で休んだ記憶がない。


 王子の婚約者に選ばれてからはもっと忙しく、学園在学時に至ってはまるまる一日休める日なんてなかった。よくて半日休める程度。それも教会の仲間達が気を遣って確保してくれたもの。


 ひたすら身体を動かし、頭を動かし。国のためにと働き続けてきた。

 今の生活も国のためといえば国のためだが、多忙に慣れた身では何もしない生活ほど辛つらいものはない。



「今日もいい風。この風に乗って出かけられれば……ん? 出かける?」

 願望を口にして、ハッと気づいた。


 そうだ。城下町に繰り出そう。

 逃げ出すのはマズいが、食事の時間までに戻ってくればいいのだ。


 幸い、食事の時間以外はメイド達がこの部屋に近寄らないことは把握済み。

 窓も毎日開けているため、下を通る騎士もメイドもすっかり見慣れたようだ。窓について何か指摘されたことはない。

 窓を開けたままにしていれば、部屋からいなくなったとは思うまい。


 マジックバッグの中にはジェシカからもらった隠密ローブがある。

 これを被っていれば視認されることはない。匂いだけはどうしようもできないようだが、風魔法を使えば空中の移動もできる。


「バレそうだったら引き返せばいい、よね?」

 自分に言い訳をしながら隠密ローブと共に、聖女仲間からもらった服を取り出す。

 ささっと着替えて、着ていた服はマジックバッグの中へ。肩からマジックバッグを提げ、隠密ローブをすっぽりと被れば完璧だ。鏡にだって映らない。



 はしゃぐ気持ちをグッと堪え、風魔法で足場を作り出す。


 無色透明な板なので、慣れないと乗る時に少しだけ躊躇してしまう。

 だが窓ガラスよりも厚く、かなりの強度がある。上空から何かを確認したい時や、手が届かない場所の物を取る時に便利である。


 その上に座り、大きな窓から外へと出る。

 音に気づかれないよう、進む際に使用する風魔法は最低限に。風の流れに乗って移動していく。


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