11.グルメ大国の冷遇飯とメシマズ国のご飯
独り言でも口に出したらドアの向こう側の彼女達に聞こえてしまう。
獣人の彼女達は耳がいいのだ。いや、耳だけではなく五感全てが人間よりも優れている。この距離ではどんな小さな呟きすらも届いてしまうことだろう。
代わりにお野菜たっぷりのコンソメスープを啜る。
形は少し歪で煮崩れしているものも多いが、ゴロゴロと入った野菜にはしっかりと火が通されている。
調理人見習いが作ったのだろう。渋々人質の食事を作っているのかもしれないが、是非ともここで技術を磨いていってほしい。
そう、決して美味しくないわけではない。
冷遇ってなんだっけと考えさせられるほどに美味しいのだ。
彼女達にとっては塩分多めのスープも、私にとっては少し味が濃いかな程度。そこまで気にするほどでもない。
そんなことより野菜の旨みが活かされていることが嬉しい。酷いパンと呼ばれたそれは数日放置されただけ。
この国ではパンと言えば焼きたてパンを指す。
翌日はギリギリで、数日放置されたパサパサのパンは家畜の餌。パンをカチコチにすることなんてありえないのだと。
食事中に耳をそばだてて得た知識である。
さすがはグルメ大国・ビストニア王国。食に対する意識が高い。私の母国どころか、他の国でもわりと定番な食事だと伝えれば卒倒すること間違いなし。
といっても我が国、ギィランガ王国のパンは長期保存することを前提に作られている。
そもそもビストニア王国とギィランガ王国とでは『パン』と聞いて思い浮かべるパン自体も違うのだが。
そんな背景もあってか、最近は人質用の放置パンの用意が明らかに間に合っていない。
初めのうちは四日ほど放置した、スープをよく吸い込むパンだったのだが、最近はふっかふかなままであることも多い。今しがた食べ終わったバゲットなんて外側の生地もパリッとしていた。
本当は今すぐにでも料理人のもとへ足を運び、感謝の言葉を述べたいくらいなのだ。
だが私が可哀想だと思われ続けることで、メイド長の気持ちは満たされる。ただただ快適な暮らしをしているだけなのだとしても。
ならば毎日美味しいご飯を三食用意してもらっているお礼に、甘んじて可哀想ポジションを受け入れるべきではないか。
声を上げることでご飯のランクが下げられるかもしれないと心配しているのではない。
この国の人達が知恵を絞って『冷遇飯』を作ったところで、私が十数年間食べてきた食事よりも味が落ちることはないと断言できる。
私の母国、ギィランガ王国はメシマズ国として有名である。
揚げ物と生野菜以外致命的。調味料を使うということがほぼない。出汁は取らず、パンは焼きたてなのにガチガチ。貴族の食事よりも平民の食事の方がほんの少しだけ美味しい。
理由は簡単。
平民は自国の食事がマズいと自覚して、他国の文化を取り入れるからだ。貴族にはその潔さがない。
そもそも食事に関する興味が極端に薄い。故にギィランガ王国の貴族の食事はマズいまま。
私だって幼い頃からそんな食事を食べ慣れていたのであれば、こういうものだと諦められたかもしれない。だが幼い頃、祖母が生きていた頃の食事はまるで違った。他国への留学経験のある祖母は自国の食事に我慢ができず、他国出身の料理人を雇っていたのだ。
だが祖母が亡くなってからひと月と経たたないうちに、父は料理人達を全員解雇してしまった。それからは年々食卓に並ぶ食べ物の質が落ちていった。全てはドレスとアクセサリーを買うお金を確保するために。
といっても両親と妹がおかしいのではない。
むしろギィランガ王国の貴族としては、食事を楽しむ私と祖母こそが異端だった。三大聖女の中でも食分野に特化した聖女に選ばれた時も喜んでくれたのは祖母だけ。
『食事こそ力なり』
愛すべき祖母の言葉だ。私の大好きな言葉でもある。
同じ価値観を持つ祖母が亡くなり、食事は不味くなる一方。
私にとっての元気の源である食事がそんなだからか、神聖力は徐々に弱まっていった。
あの食事はギィランガ王国の貴族にでも戻らない限り、体験することはないだろう。
万が一、離縁されたとしても私があの場所に戻ることはない。
教会の仲間達は優しく受け入れてくれると思うが、実家にも社交界にもすでに私の居場所などないのだから。
ちなみにメイド長の渾身の嫌がらせは食事に限らず、側仕えのメイドを付けない・部屋の掃除は数日に一度にするなどがある。
またメイドから直接言われて知ったのだが、私の部屋に用意されているドレスや宝飾品は最小限であるらしい。この部屋も隔離用の部屋なのだとか。
『夫にすら愛されることのないあなたにはこれくらいがお似合いよ!』
『使う予定もないアクセサリーなんて持っていても無駄でしょう?』
『折角作った服なのに日の目を見ることがないなんて針子が可哀想だわ!』
あなたは冷遇されているのだと思い知らせたいのか、頑張って演技をしていることがヒシヒシと伝わってきた。
だが残念なことに、私は彼女達が思い描くような聖女でも令嬢でもないのだ。
身の回りの世話くらい自分でできる。実家から持ってきた服はどれも一人で脱ぎ着ができるドレスで、毎日洗濯しなくとも気にしない。聖女として遠方に出向く際は数日同じ服で過ごすなんてよくあることだった。
掃除だって数日に一度、メイドが隅から隅まで綺麗にしてくれる。枕カバーやシーツもその時替えてくれるし、洗濯物も回収して洗っておいてくれるので非常に快適である。当然、毒や刃物が仕込まれるようなこともない。
私がやることといえば換気と大きめのゴミを拾っておくくらいなもの。
メイド達の仕事があまりに丁寧で、少し申し訳なさもあるくらいだ。
社交界に参加することもないのだからドレスや宝飾品などあっても無駄になるだけ。
貴族や王族が率先して購入することで経済を回すなどの目的があって購入したのであれば受け取る。
だが私自身、どちらにも興味がない。
ロジータなら異国の地でも構わずギャーギャー騒ぐのだろうが。
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