10.三か月と続かなかった警戒

「あの、終わりました」

「おっそい」

「あなたのせいで予定が押してるんだけど! どうしてくれんのよ」

「……全部食べたのね」

「すみません」


 謝りながら、食器を片付けてくれる彼女達を見守る。

 だがそれだけではなかった。テキパキとシーツ類も替えてくれるではないか。


「なによ、文句あるの!?」

 私の視線が気に入らないのか、メイドはムッとした声を出す。眉間にはぎゅっと皺が寄っている。


 睨んでいるつもりなのだろうが、あいにくと私は家族から毎日のように睨まれていた。ハイド王子からも似たような視線を向けられていた。今さらこのくらいでダメージを食らう私ではない。


「いや、ありがたいなぁと」

 思わず本音がポロリと出てしまった。


 ますます彼女達の表情は不機嫌の色を濃くしていく。美味しい料理というのは恐ろしいものである。つい口が軽くなってしてしまう。


「毎日替えてもらえるとか思わないでよね」

「そうよ、洗濯も掃除も数日に一回くらいで十分よ」


 喉元まで出かかった「数日おきにやってくれるんですね」との言葉は気合いで呑み込んだ。そして神妙な表情を作ってコクリと頷いた。彼女達は満足げに微笑み、使用済みのシーツを抱きかかえながら去って行った。


 彼女達の話し声が聞こえなくなってから、新たなシーツを確認する。

 あの短時間で変なものは仕込めなかったと思うが、カミソリ程度なら簡単に忍ばすことができる。


 手先を切らないように慎重に捲めくっていく。

 けれどそこにあるのはピッシリと張られたシーツ。汚れは一つもなく、変な香りはない。むしろ石けんの香りすらしない。


 私はシーツの洗いたての香りが好きなのだが、匂いに敏感な獣人にとってはそれすら不快に感じることがあるのかもしれない。



 そんな小さな気づきをノートに記していくことにした。



 メイド達が何に触れたか。何をどのくらいの頻度で触れるのか。

 今日の食事もしっかりと書き記していく。使われていた食材と味の感想も事細かに記録しておくことで、次回以降、味の異変があれば素早く気づけるはずだ。


 もちろん窓の外から得られる情報も時間と共に記していくつもりだ。

 再び椅子を窓際に運び、膝の上にはノートとペンを載せる。


 すぐ近くにトランクを開けた状態で配置する。この状態なら荷物を取り出そうとしていたのだと勘違いしてもらえる。


 身を守るための分厚い布を一番上に載せているため、トランクの中身は見えない。まぁ見られたところで困るものは全てマジックバッグに入っているのだが。



 記録を取り、警戒を怠らず。メイドの動きはもちろんのこと、シルヴァ王子と目が合った時刻と回数もバッチリノートに書き残した。


 初めて目が合った日以降も度々目が合うのである。警戒されているのだと思う。この部屋を見上げる頻度も日に日に増えている。


 だが私は窓を開けることを止めず、彼から接触してくることもない。


「こちらの出方を窺っていると見るべきか、監視されていると見るべきか」


 覚悟を決めるように息を吸い込む。

 絶対に気を緩めないようにしなければ――そんなことを真面目に考えていた時期もあった。

 だが三か月と続かなかった。途中で馬鹿馬鹿しくなってきたのである。




「もし私が彼女だったら気が滅入りそう」

「メイド長の気持ちも分からなくはないけれど。いくらなんでもあれはねぇ……」

「しっ。こんなことメイド長の耳に届いたら大変だわ」

「でもさすがにあのパンはやりすぎよ……」

「この前のスープだって……。私、運びながら思わず泣きそうになっちゃった」

「飲み物多めに出しておいたけど、あんなに塩気の強いスープなんて私食べられそうにないわ」

「それでもちゃんと完食してくれるのよね……」

「これしか食べ物がないからでしょ。それに残したら今度はどんな嫌がらせが待っているか……」


 部屋の外からはメイド達の話し声が聞こえてくる。嫁いできた当初こそ、私の世話をする度に親の敵のように睨んできた彼女達だが、今は顔を合わせる度に哀れみの視線を向けられている。


 こんな料理しか出してもらえない私は、それはそれは可哀想な娘であり、嫌がらせの指示を出しているメイド長は極悪非道なのだと。


 ドアの向こう側でいかに可哀想なのかを語る彼女達の言葉は悲哀に満ちていた。涙ながらになんとか改善できないかと語る声も増えてきた。


 だが実際の私は、皿に残ったソースを拭き取とったパンと共に幸せを噛みしめている。

 喉元まで出かかった『優遇されていると思います』という言葉をなんとか呑み込む。


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