8.室内チェック

 クローゼットにはドレスが数着用意されていた。明らかに私に合わせたサイズなので、わざわざ用意してくれたのだろう。

 尻尾を通すための穴も、それが塞ふさがれた形跡もないことから、誰かのお下がりを入れておいたというわけでもなさそうだ。


 ギィランガ王国の貴族が好むドレスとは違い、余計な装飾品が付いていない。シンプルで動きやすそう。非常に私好みである。


 他にも用意してくれたものがあるかもしれない。ドレッサーの引き出しも開けてみることにした。



「うわぁ……」

 宝飾品がひと通り取り揃えられているではないか。それも換金しようと我が家から持ってきた物よりもいい品だ。


 付いている宝石はかなり小ぶりだが、デザインの品がいい。大きな石をゴロゴロと付けて比べ合いしている我が国とは大違いだ。


 特に驚いたのはネックレス。

 白金のチェーンに小ぶりのモチーフだけを付けるという思い切りのよさ。クローゼットに用意されていたドレスと合わせた時のバランスまで考えてくれたようだ。


 センスの違いをまざまざと見せつけられ、小さなトゲが胸に刺さったような気持ちだ。母国にいた頃なら確実に購入している。


 だがこれほどの品を平然とドレッサーにしまう感覚は理解できない。


 第三王子の妻として歓迎されている令嬢ならともかく、私は他国から来た人質。多くの獣人達の前で「我が国で快適に過ごせるとは思わぬよう」と釘まで刺されている。



「もしかして私、試されてる?」

 不用意に触った後でいちゃもんを付けられても困る。

 何も見なかったことにして引き出しを閉める。クローゼットのドレスも同じだ。


 ビストニア王国側の動きを窺う意味でも、しばらくは持ってきたドレスを着回すことにしよう。


 空いていたハンガーに服をかける。

 クローゼットの右側が自分の持ってきた服、左側が用意してもらった服ときっちり分けることにした。


 その他にも引き出しという引き出しを開け、今ある物と位置を確認。特に高そうな物は触れないように気をつけつつ、実家から持ってきたものを設置していく。


 その際、刃物を差し込む隙間がないか、毒は塗られていないかを確認するのも忘れない。


 調薬セットなど、見られては困るものはマジックバッグに入れた上でトランクの中にしまっておく。ナイフから身を守れるようにと詰めてくれた布をすぐに取り出せるよう、トランクはベッド横に置いておくことにした。



「はぁ……疲れた」

 荷解きが終わり、ベッドにゴロンと横になる。ひとまずドレッサー以外に怪しいところはなかった。端から端まで転がってみたが、ベッドも快適なだけ。来賓用のベッド同様にフッカフカ。


 警戒するのを忘れてこのまま溶けてしまいそうだ。


「けいかい……しないと、なのに」

 疲労感と相まって、瞼がだんだん重くなっていく。身からだ体を動かすのも面倒になっていき、必死の抵抗も虚しく眠りの世界へと落ちていくのであった。




「しっかり寝ちゃった……」

 頭をポリポリと掻きながら洗面台で顔を洗う。


 ちなみにこの部屋、手洗い場とシャワールームまで付いている。部屋から出てくるなと言いたいのだろう。私としても助かる。


 お客さんとしてやってきた時に入った場所はある程度記憶しているが、昨日は周りを獣人達に囲まれていた。階段や大雑把な距離くらいしか覚えていない。


 迷って変な場所に立ち入る可能性もゼロではない。

 疑われるような行動は避けたいので、洗面台横に積まれたタオルと共にありがたく使わせてもらうことにした。


 実家から持ってきた服に着替え、サーフラからもらった薬をポケットに潜ませる。


 ざっくりと手で髪を梳かしながら窓側に向かう。

 昨日はゆっくりと見られなかった外の景色が見たい、というのももちろんある。だが一番は逃げ道を確保するためだ。部屋の大体の位置も把握しておきたい。


 窓の外から複数人の声が聞こえてくる。それも男性の声だ。窓を開くと、閉じたままでははっきりとは聞こえなかった声がクリアに聞こえてくる。


 ほんの少しだけ顔を出し、外の様子を確認する。


「手がブレてるぞ」

「握りが弱い」

「すみません!」

「そこだ。ひたすら攻めろ」

「はい!」

「走り込みが足りん! 腰が引けてる」


 どうやらここは鍛錬場の真上らしい。人質を隔離しておくには最適な部屋というわけだ。


 今は二人一組になって指導を行っているようだ。

 自国でも騎士の鍛錬を何度も見てきたが、獣人同士の打ち合いは迫力が違う。


 思わず見入っていると、牛獣人と目が合った。そして周りの獣人と何やらコソコソと話し始める。


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