6.人質の花嫁、王に謁見する

「それでは私はここで」

「送っていただきありがとうございました」


 城門を通過し、馬車乗り場で降ろされる。従者はいない。御者も門を通過する際に使った信書を私に押し付け、早々に去ろうとしている。


 国を出る前からそうするように言い付けられていたのだろう。

 だが私への当てつけといった雰囲気はない。


 一刻も早く獣人達のいない場所に行きたい。

 そう顔に書いてある。


 手綱を握る手は小さく震えている。馬車の中にいた私とは違い、悪意をその身で直接受け止めているのだ。可哀想に思えてならない。


 それに王家の馬車には何度も乗ったことがあるが、目の前の御者とは初対面だった。

 今回だけ雇われたのか、はたまた仕事を押しつけられた新入りか。どちらにせよ貧乏くじを引いたものだ。



「どうかお気をつけて」

 去って行く馬車を見送っていると、獣人達が私を取り囲んだ。


 皆、ガッチリとした身からだ体つきで、私は一瞬にして彼らが作り出した影の中にすっぽりとハマってしまった。


 馬車の中で感じたものとは比べものにならない敵意が肌を突き刺す。この気迫の中から逃げ出せる人間はそうそういないはずだ。もっとも私に逃げ出す意思などないのだが。


「ギィランガ王国の聖女で間違いないな」

「はい。ギィランガ王国の聖女ラナ=リントスです」

「ついてこい。王がお待ちだ」


 敵意を隠そうともしない彼らだが、大きめの荷物を抱える私のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれる。


 それに複数人で私を呼びに来たのも威圧のためだけではなかったらしい。

 私を取り囲むように歩く彼らは他の獣人からの視線を遮ってくれる。時折、隙間を埋めるように身体を寄せる。そうでもしなければ私に殴りかかる獣人がいるからかもしれないけれど。


 厚意だとありがたく受け取ることにする。



 そのまま長い長い廊下を歩くことしばらく。王の間の前に到着した。

 身体の大きな獣人も入れるよう、かなり大きく作られたドアをくぐる。入り口付近から左右を固めるように獣人達がずらっと並んでいた。


 ここまで案内してくれた獣人に促され、ビストニア王と王妃、そして私の夫となる第三王子・シルヴァ=ビストニアが控える玉座のすぐ近くまで足を進める。


 ハイド王子の付き添いとして、彼らに挨拶したこともある。だが今までとは違う緊張感がある。


 今回は事情がまるで違うのだから当然と言えば当然だ。

 特にシルヴァ王子の服装は今までの王子然とした服装ではなく、王を守る騎士のようだ。腰に剣を携えており、瞳には狼のような鋭さもある。


 完全に警戒されている。少なくとも今から妻を娶ろうという雰囲気ではない。

 銀色の髪と相まって冷たい印象を抱かせる。



「人質の聖女よ、よく来たな」

 王は開口一番、私を『人質』と称した。一応『嫁ぐ』という話だったと思うのだが、ハイド王子とロジータが嘘を吐いたのか、体裁を考えてそう言っていただけなのかが分からない。



 判断材料が圧倒的に不足している。

 だが心の準備はできている。


 馬車に揺られている間、考え得る全てのパターンをシミュレーションしてきた。ここまで多くの獣人が集められていたのは予想外だったけど、人数なんて些細な問題だ。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


 人質だろうが妻だろうが、世話になることには違いない。


 まずは深々と頭を下げる。ゆっくりと顔を上げると、王の視線がスッと逸れた。先にあるのは私が両手に持ったトランクである。


「荷物はそれだけか? 従者は」

「このバッグの中身のみです。従者はおりません」


 私の返答に王だけではなく、王妃も王子も分かりやすいほどに眉を顰めた。


 この状況を好意的に見れば『弁えている』になるが、悪く見れば『そっちが世話をしろと押しつけられた』といったところか。


 そして今までの関係を考えればギィランガ王国側の意図は後者。


 王妃様がいる時ならもっと上手く対処したのだろうが、今のギィランガ王国は悪意を隠すつもりがない。


 宰相あたりは、悪意の矛先が私に向けられるから構わないとでも思っているのだろう。


 早期での対応を間違えれば間違えるほど話が捻れていくのが分からないのか。

 国内では優秀と褒めそやされている彼だが、実情はこんなものだ。本当に、馬鹿馬鹿しい。


「貴公は何度か我が国に来ているとはいえ、取って食われるとは思わなかったのか。ここは獣人の国ぞ」

「ビストニア王国ならわざわざ人間なんて味が不確定なものを食べずとも、美味しいものがごまんとありますでしょう」


 大陸中を探しても人肉を食べる文化を持つ地域はない。

 特にビストニア王国ほどのグルメ大国ともなればもっと美味しい肉の一つや二つや三つ、四つと知っているはず。殺しはしても食べるなんて真似はしないはずだ。


「貴公の考えは十分理解した。だがこれだけは言っておく。我が国で快適に過ごせるとは思わぬよう。肝に銘じておくといい」

「かしこまりました」

「……彼女を部屋に案内しろ。これでも息子の嫁だ。傷を付けるでないぞ」

「はっ!」


 獣人達の返事で空気が大きく揺れた。私が『人質の花嫁』であることを周知するために彼らを集めたのか。



 結局シルヴァ王子はひと言も発することはなかった。


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