5.教会との温度差
「ただいま帰りました」
温かい気持ちを胸に抱いて屋敷に帰ると、雰囲気は一転する。
出迎えはなく、屋敷内は宴会状態。外まで両親の浮かれる声が響いていた。
溺愛している娘が第一王子の妻となり、毛嫌いしている方の娘はもう二度と顔を見せない。
彼らにとってこれ以上素晴らしい結末はないのだ。
屋敷に戻る前から大体のことは予想ができていたため、悲しさも寂しさもない。
使用人は誰一人として私と目も合わさない。自室のベッドの上には空っぽのトランクがぽつんと置かれていた。さっさと荷造りをしろと訴えている。
一応鍵は付いているものの、さほど大きくはない。私が両手で持って移動できるほど。それが一つだけ。
大きなため息を吐いてから、クローゼットに手を伸ばす。
あちらで服などを用意してもらえない可能性を考慮して、とにかく服を詰めていく。アクセサリーは換金できそうなものをいくつかボックスに入れた。
自室に置いている分なので小ぶりの石が付いた髪飾りやネックレス、イヤリングが多い。
どれもギィランガ王国では地味で質素な部類に入るが、他国で売るならこのくらいがいい。あまり高価なものでは売る時に苦労してしまう。
どんな生活が待っているか分からないので、その他の細々としたものもとりあえずトランクに詰めていく。入りきらなかったものやアクセサリーなどの貴重品はマジックバッグへ。
ここでもマジックバッグのありがたさが身に染みる。
荷物を詰める度、部屋からは私物が一つ、また一つと消えていく。まるでこの屋敷から自分の形跡を消しているかのよう。
食事も簡素なスープが廊下に放置されるだけとなり、リネン室でタオルを回収しても使用人達は見て見ぬフリ。手を止めることすらない。ついでなので石けんや洗剤もいくつか回収しておいた。
部屋に戻る途中、一階に飾られたとある絵の前で足を止める。
この屋敷で唯一飾られている私の絵だ。祖母が生きていた頃に描かれたため、絵の中の私はかなり幼い。
数年前、誰かに嫌みでも言われたのか、突然「一枚もないと体裁が悪いから」と言って物置から引っ張り出してきたのだ。といっても形だけ。なるべく目に入らないよう、廊下の端にひっそりと飾られている。
この姿絵さえも、私の婚姻が成立した後に焼かれてしまうのだろう。両親にとって華がない私は汚点でしかないから。
私を立派な王子妃として育てようとしてくださった先王と王妃様には申し訳ないが、いっそ清々しささえある。
◇◇◇
婚約破棄の事後報告から一週間後。
王家が準備してくれた馬車に乗り、ビストニア王国へとやってきた。
ビストニア王国にはハイド王子の付き添いとして何度か訪れたことがある。
歓迎されたことは一度もなかったが、今回もやはり歓迎されていない。当然だ。歓迎されるはずがない。馬車のカーテンを閉めていても悪意がヒシヒシと伝わってくる。
我が国とビストニア王国は同じ神を信仰している。そのため教会関係者には獣人を差別している人はいなかったし、平民もまたあまり気にしていない。
ビストニア王国の獣人達だって人間という種族を嫌っているわけではない。自分達の種族を下に見て馬鹿にするギィランガ王国の貴族が嫌いなだけなのだ。実際、人間が治める他の国との交易は盛んである。
獣人達の気持ちはよく分かる。
悪いのは人種で相手を判断するギィランガ王国の貴族だ。ハイド王子を筆頭に、我が国の貴族がどのように彼らと接していたのかを見てきた。その度にハイド王子や周りの人間を諌めてきた。
効果はまるでなかったどころか、ハイド王子は私に馬鹿にされたのだと勘違いをした。
結果、苛立ちを周りの人間と獣人にぶつけるという、非常に面倒臭い事態になってしまったわけだが。
それでも教会に所属する者として、同じ大陸に住まう者として、文句の一つや二つ言うことを止められなかった。
私にも彼らを止められなかった責任がある。居心地の悪さを甘んじて受け入れよう。
「城に着いたらもっと酷いんだろうなぁ……」
嫁入りさせられるのが他の聖女じゃなくてよかった。一応とはいえ来賓としてこの国を訪れ、このヒリついた空気も感じたことがある。
以前はもっとマイルドだったけれど。
両国間で何があったのか聞いてくればよかった。
そう思っても時すでに遅し。まぁ屋敷で使用人から聞き出したところで嘘の情報を教えられるのが関の山。教会にいた時は荷造りのことでいっぱいいっぱい。
今こうして考えられるのは余裕ができたから。足掻いても仕方ないと思える段階まで進んでいるとも言える。
今回の嫁入りで揉め事がなくなりますように、と願うばかりである。
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