4.仲間からの餞別

「ラナの天気を読む能力と風魔法、それにこの二つを組み合わせれば城からだって逃げ出せるでしょ」

「ありがたく使わせてもらうわね」

「すり切れるまで使ってちょうだい。それこそ職人への最大のリスペクトだわ」


 なんてことなく告げるが、城から逃げなければならないような事態だけは避けたいものだ。


 ビストニア王家がなぜ聖女を求めているのかは不明だが、私が逃げたことで「次の聖女を寄越せ!」と言われでもしたらたまったものではない。


 隠れるなり、ひたすら回復を繰り返すなりしてやり過ごしてみせる。

 馴染める自信はないが、根性には自信がある。


 王子妃教育と三大聖女教育を同時に受け、さらにハイド王子の世話まで焼いてきたのだ。大抵のことなら耐えられる。


 ジェシカからアイテムバッグの説明を受けていると、シシアが戻ってきた。手には真新しい地図がある。


「ジェシカは錬金アイテムを渡したのね。なら私からはこれ」


 彼女は手に持った地図を机に広げた。一見すると教会の談話室に貼り出されている大陸図と同じだが、至るところにカラフルな線が引かれている。


 その他にも細かい字で書き込みが入れてあったり、同じマークが散らばっていたり。

 じいっと見ていると、シシアが自慢げに胸を張った。


「ただの地図じゃないわ。私のお手製大陸図。乗合馬車が通っている道から商人の馬車が通る道、魔物が多く発生する地域をメインに印を入れておいたから」

「だから辺境領付近に剣のマークが多いのね」

「そういうこと。魔物の出現地域やタイミングはラナの方が詳しいだろうけど、ノートは置いていってもらうことになるから。逃げる時はこれを参考にして」

「ありがとう」


 やはりシシアも城から逃げることを想定して用意してきてくれたらしい。周りの聖女と神官も一緒になって地図を覗き込む。ザッと見ただけでもすごい量だ。


 あちらでの生活に余裕があれば、私もこの地図に覚えている限りの情報を書き込んでいこう。


「逃げるなら服も用意しなきゃ。貴族の服って目立つから」

「私、予備の服あるよ。汚れた時用に置いてあるやつだから着古した服だけど。我慢してね」

「いざっていう時のための服だから、お金が貯まったら後で新しいの買ってね。ってことで私のも持ってくるわ」

「私のワンピースだと、ラナには丈が長いかな」

「調整すればいけるでしょ」

「裁縫セットも取ってこないと」

「ラナって自分の裁縫セット持ってたっけ?」

「いつも教会のを借りてるから持ってない」

「じゃあ俺、ちょっと買ってくるわ。ワンピースとかだったら当て布もあった方がいいんだっけ?」

「私も一緒に行く」


 これが必要だ、あれがないなどと言いながら、彼らは次々に部屋を出て行く。


 当の本人は置いてけぼりになりつつあるかと言えばそんなことはない。

 次々に持ってきてくれるものを確認するだけでも大変だ。早速服を持って戻ってきた聖女達によって手直しが施されていく。


 あまりの量に申し訳なさを覚える。だが全員が口を揃えて『餞別』という言葉を使う。


 ジェシカはこれらを想定して、かなり大きめのマジックバッグを用意してくれたのだろう。

 少し離れた場所からこちらを眺め、にぃっと笑っている。まるでお気に入りの人間に獲物をプレゼントしてくれる猫のよう。



 ワンピースのサイズ確認が終わると、次にやってきたのはサーフラ。

 後ろには何人もの聖女と神官が並んでおり、みんな両手いっぱいに箱や麻袋を抱えている。


「私からはこれ! ジェシカがマジックバッグ渡すって言ってたから、ラナが調合に使えそうな材料、端から持ってきた」

「こんなにたくさん!?」

「詰め込めるだけ詰めていこうぜ」

「調薬セットと布と瓶と、あと魔石類も一通り用意しておいた。それから私が作った薬も。袋にはメモも入れておいたから、屋敷に戻ったら忘れずに目を通しておいてね」


 その後もみんなで頭を突き合わせて私が持って行く荷物を審議していく。



 日が暮れ、定時を迎えた。みんなはまだ少し残るらしい。私は「屋敷に戻ってからもやることがあるでしょう」と背中を押され、一足先に帰宅することになった。


 明日以降、教会に顔を出す時間があるのかは分からない。今日が最後の別れになるかもしれない。


 少し寂しいけれど、肩から提げたマジックバッグには仲間達からもらった餞別の品がたくさん詰まっている。彼らの愛情が私に元気と勇気を与えてくれる。


「ありがとう、みんな」


 溢れそうになる涙を必死で堪え、笑顔でお礼を告げる。

 みんなも私と似たような表情を浮かべながら、玄関先まで見送ってくれた。


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