3.私の居場所

「ラナはなんでそんなに平然としているのよ……」

「ハイド王子に嫁ぐよりマシだから。みんなと離れるのは嫌だけどね」

「確かに……」

「どっちもどっちじゃない?」

「いや、殺される可能性がある分、ビストニアに嫁ぐ方が危ないだろ!」

「だがハイド王子にはセットでロジータ嬢が付いてくるんだぞ?」

「王妃様の時より確実に状況が悪いよな」

「先王もいなければ、頼りがいのある実家もないし……」


 言いながら、彼らは悲愴感を背負っていく。

 まるで自分がギィランガ王国残留とビストニア王国行きのどちらかを選べと迫られているかのよう。それほどまでに寄り添ってくれている。


 血の繋がった家族よりも身近で、こんな時すら優しくて。それが嬉しくて自然と頬が緩んだ。


「大丈夫。殺されるかもって言っても聖女を所望したのはビストニア側。獣人が殺害したと断定できるような、力任せで派手な殺し方はしないはず。移動中の犯行も、鼻が利く獣人達が犯人を見つけられなければ彼らが疑われることになるから除いていいと思う。消去法を続けていけば、殺害パターンはある程度絞られる」

「ラナ……」

「それに、幸い私には薬学の知識がある。よほど珍しい毒でも使われない限り、一人でも対応できる。あ、でもサーフラの薬がもらえれば安心できるかな」


 甘えたようにチラチラと視線を向ければ、大きなため息が返された。


「当然、一通り持たせるつもり。でもそれだけじゃ心許ないわ」

「他にも準備しないと。嫁ぐのはいつ?」

「一週間後」


 途端、シシアが立ち上がった。

 勢いよく立ち上がったため、椅子が後ろに倒れてしまった。だがお構いなし。椅子に気を取られているうちにシシアの姿が消えていた。


 おしとやかな見た目をしているが、思い立ったら即行動に移すタイプなのだ。教会で一番足が速く、力持ちでもある。


「国を出るのは明後日ってところね。上級聖女を集めましょう」

「先に引き継ぎの書類を……」

「大量のノートさえ置いていってくれればどうにかなるわ。今日まとめていた分は終わってる?」

「あとは数値をまとめてコメントを入れるだけ。今後数か月の天候予測は昨日のうちに終わってて、このノートに大体のことは書いてあるんだけど……」

「そこまで進んでいれば十分。それ貸して。残りは私がやっておくから」

「え、でも」


 作物生産予想段階の数値と実際の数値は全て記録に取ってある。天気や気温、周辺地区での災害などもあれば書き込むようにしている。


 ただし自分が読み返すためのメモなので結構汚い。計算式と計算に使う数字を丸で囲っているだけ、なんていうのもザラだ。それにかなりの冊数がある。


 引き出しに入っているのは一年前のものまで。

 それより以前のものとなると、資料室の棚に入れてあったり、地下倉庫に保管していたり。


 自分でも探してみなければいつのデータがどこにあるのか分からないほど。

 引き継ぎの際は別に資料を作成しようと思っていた。


 だがサーフラはもちろんのこと、婚約破棄の話を聞いて集まってきてくれた聖女と神官はそれを許してはくれなかった。


「でもじゃない」

「これを機にデータをまとめ直すから気にしないで」

「ラナの字なら見慣れているから問題ない」

「ごめんね。迷惑かけて」

「迷惑をかけてるのはハイド王子だろ」

「神聖力が弱まったら不要だなんて何様よ」

「食がなければ人は飢えるだけ」

「豪遊ばかりしている貴族は、ラナの仕事がいかに大事か分かっていない」

「ラナが殺されることにでもなればビストニア王国もこの国も呪ってやる」


 物騒なことを呟く彼らの前に、ドンッと大きな音を立てて木箱が置かれた。


 聖女であり、錬金術師であるジェシカだ。

 三つ編みを揺らしながら、不機嫌そうに息を吐き出す。


「殺されること前提で話さないで。気が滅入る。ラナ、これを持って行きなさい」

「ポシェットとローブ?」

「あたしがただのポシェットなんて渡すわけないでしょ。錬金アイテムよ。どうせ公爵家はろくな荷物を持たせてくれないんだろうから、こっちで色々持たせるために大量に荷物が入るマジックバッグを用意したの。こっちは姿を隠せる隠密ローブ。どんなものかは前に話したから分かるわよね?」

「分かるけど、どっちもかなり高価なんじゃ……」


 隠密ローブは貴族や金持ちに人気の商品で、生産量を絞ることで価格を吊り上あげるのだと話していたはず。マジックバッグだって商人なら喉から手が出るほど欲しい品である。


 ジェシカはポンッと渡してみせるが、どちらも簡単に受け取れる品ではない。


「餞別よ、餞別。どうせこの先会わないんだから、気負わず受け取りなさいよ」


 突き放すような言い方だが、そこにはジェシカの優しさが詰まっている。教会は私の居場所だったのだと再認識し、涙が溢れる。

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