2.三大聖女
「君は一週間後、ビストニア王国第三王子のもとに嫁ぐことになっている」
「聖女なら誰でもいいんですって。野蛮な獣らしい話よね。神聖力が弱ってきているお姉様にぴったりの嫁ぎ先だわ」
私なら我慢できないわ。そう言いながら腹を撫でるロジータの姿に全てを理解した。ハイド王子はかつて国王陛下がした失敗と同じことをしでかしたのだ。
前例があったからか、彼は最高のタイミングでそのカードを見せつけた。すでに先王は亡くなっており、王妃様はしばらく王都に戻られない。
城に残っている国王陛下と側室はかつての当事者であり、私の両親は大喜びで承諾する。
加えて私は三大聖女の中でも『食に関する知識』に特化しているからか、他の二人と比べて貴族からの信仰が薄い。同じ家の娘同士を取り替えた、くらいにしか考えていないのだろう。
本来この暴挙を止める側であるはずの宰相は私のことを嫌っている。
彼は昔からハイド王子を下に見ており、婚約者である私のことも同じように見下していた。
だが他の有力貴族の娘がユーリス王子の婚約者に決まってからは、私に向ける視線に恨めしさが混ざるようになった。王妃様から信頼されているというのも気に入らない点なのだろう。
私をビストニア王国へ嫁がせるように陛下に進言したのはおそらく宰相だ。
少し前から我が国とビストニア王国が揉めていることは知っていた。
我が国の貴族の多くは獣人を毛嫌いしており、ビストニア王国とは過去に何度も揉めている。大抵我が国が悪いのだが、なんだかんだ和解してきた。
だが今回求めているのは聖女。
つまりは人間である。人質としての意味合いもあるのだろう。
かなり怒っているのは確かだ。宰相も陛下も頭を悩ませたに違いない。そしてちょうどいいタイミングでロジータの妊娠が発覚した、と。
神聖力は年々弱ってきており、家族にも婚約者にも大事にされなかった女ではあるが、聖女は聖女。それも三大聖女の一人で公爵家の娘。加えて第一王子の元婚約者でもある。
謝罪の品にはピッタリだったのだろう。
「……かしこまりました」
勝ち誇るハイド王子とロジータが去るのを見送る。すでに部屋に残っていたのは私一人。他の聖女と神官は早々に立ち去っていたようだ。
私も棚の中からいくつかのノートを取り出し、急いで部屋を出る。向かうのは同じく三大聖女であるサーフラとシシアのもと。
親友に真っ先に報告しておきたい、なんて理由ではない。
私が急にいなくなれば、その分、他の三大聖女に負担がかかる。私にとっても突然のこととはいえ、引き継ぎの用意だけでもしておきたい。
調合室に向かって歩いていると、談話室の窓に映る多くの影に気づいた。ガラス越しに見える色はいずれも親しみのある髪色だ。
すでに話は広まっているらしい。あの場にいた聖女と神官がハイド王子とロジータの来訪を伝えてくれたのだろう。
ドアを開けば全員が同時に振り返った。私を気遣うような、仲間の視線が集まる。スウッと短く息を吸い込んでから、ここにいるみんなに宣言する。
「突然で悪いんだけど私、国から追い出されることになったの」
「聞いているわ。ハイド王子があなたの妹と一緒に来て、婚約破棄を言い出したそうね」
「嫁ぎ先がビストニア王国だなんて……」
「この前の外交でも喧嘩していたって話じゃない……」
「なんでラナが」
「そんなに暗い顔しないで。ビストニアと言えば美味しいご飯! グルメ大国と言われるだけあって、食へのこだわりもかなりのものよ。上手くいけば美味しいご飯にありつけるかもしれないし、私にぴったりの嫁ぎ先だわ」
みんながあまりにも心配してくれるから、少しだけ強がってみせる。
けれど付き合いの長い彼らにはバレバレだったようだ。表情は暗いまま。
「国としての関係もそうだけど、もし相手の国が神聖力を持つ聖女を求めていたら……」
「殺すには絶好の言い訳を与えることになるわね」
一般的に聖女および神官は神聖力を使用できる者を指す。
だが三大聖女に神聖力は必要ない。もちろんあって困るということはなく、私のように神聖力が使える聖女や、極端に力が弱い聖女も存在する。
といってもこの事実を知っているのは、ギィランガ王国でもほんの一握りの人だけ。仲が悪いビストニア王家が我が国の内情を知っているはずがない。
ちなみにサーフラは薬学に特化しており、シシアは経済知識に特化している。
私の主な役割は気候の変化を予測し、国内外の食物生産量を予想すること。そのついでに魔物の動きを予想したり、災害を事前に予想してみせたりもする。
ざっくりと言ってしまえば、食に関係するもの全てが私の担当になる。
過去の出来事や数値を暗記すればいいと思われがちだが、今までの傾向から未来の出来事を予測するのは案外難しい。
高い精度が求められればなおのこと。誰にでもできることではない。
だが私は自分に特別な才能があるとは思っていない。食への強い関心と適性があっただけだ。
また三大聖女は相互補助関係にあり、互いの技術をある程度習得している。情報共有も欠かさない。
連携を取ることで仕事を円滑に進めるのはもちろん、不慮の事故や病気などが原因で三大聖女の一人が欠けた場合でも知識と仕事を引き継ぐことができる。
二人の負担を増やしたくはない。
だがこの仕組みのおかげで私がいなくなった後も教会の仲間達、ひいてはギィランガ王国民が困ることはない。
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