88. 動き回ったので
私の部屋に入ると、外の景色がいつもと違うことに気付いた。
白いカーテンに遮られていても、外が真っ赤に染まっている様子が見えてしまう。
この窓から見えるのは帝都の外側だから、既に魔物の被害を受けているに違いないわ。
だから、大慌てで男装用の服に着替える私。
こんなことなら、部屋着に着替えない方が良かったと思えてしまうけれど、未来なんて予想出来ないから仕方ない。
「逃げろ! 火を吐く魔物だ!」
「ここも危ないらしい! 城に急げ!」
窓の外から叫び声が聞こえるから、余計に不安になってしまう。
けれど冒険者だから、魔物から逃げるなんてことは許されない。
「お待たせ」
着替えを終えてから階段を駆け下り、待っているクラウスに声をかける。
彼も外が赤く染まっていることに気付いているみたいで、いつも二人で魔物と戦っている時のような余裕は見られなかった。
「炎龍がこの短期間で二回も現れるとは考えにくいから、他の魔物だと思う。
だが、炎を放つ魔物ほど厄介なものは無い」
クラウスは水魔法を扱えないから、炎を扱う魔物とは相性が悪い。
でも、火魔法や風魔法を上手く操って一方的な戦いに持ち込んでいるから、流石はSランク冒険者だと思わずには居られない。
私もSランクではあるけれど、全ての属性を扱えるという利点があってのお話。
だから彼には頭が上がらないのよね。
「炎は私が防ぐから、攻撃はクラウスに任せても良いかしら?」
「そうしてくれると助かる。出来れば街も守りたいが、命を最優先で動こう」
「余裕があったら建物も守るわ」
言葉を交わしながら、家を飛び出す。
外に出た瞬間、悲鳴や避難を促す怒号が耳に入ってきた。
空を見上げれば、ワイバーンに似た魔物が何度も炎の球を吐き出して、人々を燃やそうとしている様子が分かってしまう。
「酷いわね……」
「ああ。幻惑の魔法を試せないか?」
「やってみるわ」
早速魔力を込めて、一番近くの魔物に幻惑の魔法を放ってみた。
けれど、既に他の幻惑の魔法がかけられているみたいで、少しも効果は出なかった。
幻惑を見せてくる魔物は居るけれど、魔物が使う幻惑の魔法は全て獲物を狩るために使われる。
だから、このワイバーンのような魔物は、誰かによって操られているに違いない。
そう思っていると、クラウスが重々しく口を開いた。
「あれはフレイムワイバーンといって、この辺りには居ないはずの魔物だ。
確かアルベール王国の火山にしか居なかったと記憶している」
「つまり、アルベールで幻惑の魔法をかけられて、ここまで来たのね……」
「幻惑が効かなかったのなら、そういう事になる」
「残念だけど、手応えは全く無かったわ」
誰が何のためにこの騒ぎを起こしたのかは分からない。だから、まずは幻惑の魔法を解こうと詠唱を始める私。
けれども、クラウスに制止されてしまった。
「フレイムワイバーンだが、本来はもっと素早く動く。魔法を解いたら、何人食べられるか分からない」
「そうなのね……」
残された手は、あのワイバーン達を攻撃して倒すことだけ。
時間はかかってしまうけれど、悩んでいる間にも被害が増してしまう。
だから、目に入っているワイバーンに向けて攻撃魔法を放っていく。
「来るぞ! 守りは任せた!」
「ええ! いつでも大丈夫よ!」
直後、私達どころか家すら飲み込むほどの炎の雨が降り注いだ。
水の防御魔法を使っているのに視界が明るく染まるほどの威力だから、家のことが心配になってしまう。
あの中に荷物を置いてきているから、燃えたら大変なのよね。
「かなり集まってきたな。とりあえず、ここに居たのは全部倒した」
「もう倒せたの?」
「俺達にとっては強い相手では無いからね」
確かに攻撃を防ぐのは難しくなくて、私の水魔法から出てきた湯気が晴れると、空を舞っているワイバーンの姿は見えなくなっていた。
けれど、遠くでは火柱が上がっているから、まだ沢山残っているに違いない。
「走れる?」
「ええ。魔法を使っても良かったら、いくらでも走れるわ」
「魔石ならいくらでもある」
そうして、私達は帝都の中を駆け回ることになった。
いくらでも走れたのは、私が風魔法で自分の身体を飛ばしていたから。
こうすれば魔力を使うだけで済むから、魔石がある限り動ける。
「喉が渇いた……誰か水をくれ……」
「どうぞ! 治癒魔法も!」
酷い火傷を負っている人を見かけたら治癒魔法をかけて、すぐに治療しなくても大丈夫そうな人は無視して進む。
全員治すのが理想だけれど、ワイバーンを倒さないと被害が広がってしまうから、痛む心を押さえつけて走り続けた。
「これで、最後だ……」
「なんとか倒し切れたわね……」
最後のワイバーンが地面に落ちた時には、戦い始めてから二回目の時の鐘の音が聞こえてきていた。
「一時間以上戦っていると、流石にキツイな……」
「大丈夫……?」
私もクラウスも息が上がっていて、これ以上動くのは無理だと思えてしまう。
それに、魔法の力を借りていても、ずっと動いていたから身体が熱い。
「俺は大丈夫だ。シエルの方こそ大丈夫か?」
「ええ、なんとか……。
魔法がなかったら危なかったわ」
言葉を交わしながら、近くにあった段差に腰を下ろす私達。
けれども、ゆっくり息をつく暇は無さそうだった。
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