79. 魔法を解きます

「どうして魔法を解かない方が良いの?」


 お兄様にかけられている闇魔法を解くのを止めて、クラウスに問いかける私。

 今は普通に見えるお兄様だけれど、洗脳の魔法がかけられていたら、私達も危険な目に遭うかもしれない。


 そう思ってしまったから、クラウスが私の手を掴んだのは不思議だった。


「あの怪我なら、苦痛は相当だと思う。

今は幻惑魔法で抑えられているけど、それを解いたら気絶すると思う」


「……止めてくれてありがとう。

 危なかったわ」


 痛みで気絶するなんて経験が無いから想像出来ないけれど、憔悴している様子を見ていれば危ないことくらい理解できた。

 だから、先に怪我や疲労を治癒魔法で治そうとしたのだけど、今度はお兄様から止められてしまった。


「完全には治さない事は出来るか?

 本当に怪我が治っていないのか、この身で感じ取りたい」


「ええ、それくらいなら。

 腕はそのままにして、他の痛めているところを治しますわね?」


「ありがとう。それでお願いしたい」


「分かりましたわ」


 頷いてから、言われた通りに治癒魔法を使う私。

 お兄様は何も変わらない感覚のようだけど、治癒魔法が成功した証の光は腕以外の全身を包んでいるから、成功しているはずだ。


「これで大丈夫かしら?」


「大丈夫だと思う。確証は無いけどね」


「クラウスでも分からないのね」


「こればかりは、人によって変わるから仕方ない」


 お兄様がどれくらい痛みに強いのかなんて、私にも分からない。

 それに、貴族は誰かに守られているから、滅多に怪我をしない事もあって痛みに慣れていない人の方が多い。


 だからお兄様が階段で転んで腕を折ってしまった事には本当に驚いたのよね。

 クラウスと同じくらいの長身で体格も良い方だから、使用人さんでは支えきれなかったのかもしれないけれど、怪我をしたばかりの時は悶えていたに違いないわ。


 男性の方が女性よりも痛みに弱いという噂もあるみたいだから、このまま幻惑の魔法を解いても良いのか心配で、お兄様とクラウスに交互に視線を送る私。

 すると、お兄様がいつもよりも重々しい声色で、こう口にした。


「覚悟は出来ているから、いつでも良い」


「分かりましたわ」


 分かりやすいように詠唱付きで魔法を使うと、すぐにお兄様の表情が苦痛に歪んだけれど、どこか嬉しそうな様子も見え隠れしている。

 本心から何かを喜んでいるのか、それとも痛みでどうにかしてしまったのかは分からないから、不安を感じずにはいられない。


「お兄様、痛みで気を違えてしまいましたの……?」


「自分の感覚が狂っていないと分かって安心しただけだ。

 この痛みはかなりのものだが、耐えられないものではない」


「すぐに治しますね?」


「ありがとう。お願いするよ」


 包帯の巻かれた腕を差し出してくるお兄様の言葉に頷いて、無詠唱で治癒魔法をかける私。

 二度目だから護衛さん達が光に戸惑うことは無かったけれど、お兄様は少し戸惑っている様子。


 それでもすぐに立ち直ると、今度は私の手をとってこんな言葉をかけられた。


「治ったみたいだ。本当にありがとう」


「どういたしまして。無事で良かったですわ」


 返事をしながらお兄様の手を握り返す私。


 それからの私達は、屋敷に向けて馬車に乗って移動することになって、ワイバーンとはここでお別れになる。

 ここまで私達を乗せてくれたワイバーンには申し訳ないけれど、倒さないといけないのよね。


 だから身体強化の魔法だけ解いてから、攻撃魔法を放った。




    ◇




 お兄様と再会してから馬車で移動すること数時間。

 久々に領地にある屋敷に足を踏み入れた私は、すぐにリリアに捕まってしまった。


 彼女がここに居るのは手紙のやり取りで知っていたけれど、まさか玄関まで出迎えに来るとは思わなかったから、調子が狂ってしまう。


「お姉様、お久しぶりですわ」


「ええ、久しぶり。元気そうで良かったわ」


「お姉様もお変わりなくて、安心しました」


 リリアの雰囲気は私が家を出る直前とは少し違うけれど、根の性格は変わっていないかもしれない。

 でも、次に飛び出した言葉には、耳を疑ってしまった。


「今まで色々な物を取ってしまって、本当にごめんなさい。全部返しますわ」


 姉なら妹のために尽くして当然。そんな風に考えていたリリアが頭を下げてくるなんて、想像していなかったから。

 心を入れ替えてくれたことは喜ぶべきだと思うけれど、あのアクセサリーは私を無碍にして聖女を選んだアノールド王太子からの贈り物だから、返される方が嫌なのよね。


「気持ちは嬉しいけれど、アクセサリーは返さなくて良いわ。

 あれには嫌な思いでしか無いもの」


「分かりましたわ……」


 この謝罪で全て許せるかと言われたら、首を縦には振れない。

 それでも姉妹の仲が拗れたままだと苦労することになるから、今はこの謝罪を受け入れて仲直りしたいと思った。


 もう子供ではないのだから、妥協することだって必要だもの。


「アクセサリーを取られたことはもう気にしていないわ。これからはお互いに助け合いましょう」


「ありがとうございます、お姉様……」


 ようやく笑顔を覗かせてくれたリリアに、私も笑顔を返した。

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