80. どちらを取っても

「シエル、先に話しておきたいことがある」


 リリアと仲直りしてすぐ、タイミングを伺っていたお兄様からそんな言葉をかけられた。


「ここで大丈夫ですの?」


「この屋敷の者は全員知っていることだから問題無いよ。

 今の聖女になっているアイリス嬢だが、シエルのことを目の敵にしている。だから早めに国から離れた方が良いと思う」


 使用人達の目があるから心配していると、問題無いと言い切ったお兄様が本題を切り出す。


 ずっと両親のことばかり気にしていたけれど、アイリス様が私を敵視していてもおかしくないことも忘れてはいない。

 婚約破棄されるまで一番聖女に近い立場だった私をアイリス様が私を警戒するのは自然なこと。国外に居たのだから目の敵にするほどではないと思うけれど、私の方から近付けば攻撃されるに違いない。


「分かりましたわ。でも、アイリス様がかけた幻惑の魔法をそのままにはしておけませんの」


「幻惑の魔法はどうすれば解ける?」


「闇か光に適性があれば難しくないそうですわ」


 アルベール王国では、この適性を持っている人を探すのがすごく難しい。


 貴族は全員、幼いころに魔法の適性を調べることが義務になっているのだけど、ここで闇魔法に適性があれば公爵家に生まれたとしても、最初から居なかったことにされてしまう。

 私が生きているのは、全ての属性に適性があったからという一点だけ。


 王家は私を王子殿下の婚約者にすることで、利用することを選んだ。

 婚約解消になった後、殺されると思っていたけれど、不思議なことに今まで命を狙われている気配は全く無いのよね。


「なるほど。貴族には居ないだろうが、平民の中には居るだろう。時間はかかってしまうが、爵位を得たらすぐに探してみるよ」


「お願いしますわ。

 とりあえず、ここにいる全員に幻惑を解く魔法をかけますね」


「ありがとう」


 お兄様の返事を待ってから、まずはリリアにかけられている幻惑の魔法を解いた。

 リリアは怪我もしていなかったみたいで、大きな異変も起こらなかったけれど……魔法をかけた場所を気にしはじめた。


「大丈夫?」


「変な気配がして……今のはお姉様の魔力でしょうか?」


「分からないわ……」


 人が持っている魔力の気配は分かるけれど、魔法に含まれている魔力を感じる事なんて出来るのかしら?

 こういうことはクラウスに聞いた方が分かるはずだから、視線を向けてみる。


「魔法そのものの魔力の気配を感じることは出来るが、その魔法の属性に適性が無いと無理だ。

 シエルなら全部を感じ取れるだろうけど、俺には何も分からなかったよ」


 すると、私だけにしか聞こえないような声で、そんな答えを教えてくれた。

 人払いをしていない状況では絶対に言わない方が良い内容だったから、防音の魔法も使っている様子。


 闇魔法の使い手が私という例外を除いて漏れなく処刑されていることを知っているから、徹底してくれたみたい。


「そうなっていますのね……。

 リリア、もう一度試してもいいかしら? 次は違うところにかけるから、何か感じたら触って教えて」


「分かりましたわ」


 使用人の目もあるから、目的は明かさずにそれだけを伝えると、リリアは頷いてから一歩後ろに下がってくれた。

 それから右腕に向かって魔法を放つと、少し遅れてリリアの手が重ねられる。


「間違いないわね」


「そのようだね。先にシエルとリリア嬢の二人で話した方が良い。本人が知らなかったら、すぐに周りに知れ渡ることになる」


「そうするわ。お兄様、クラウスにこの屋敷の案内をお願いしますわ」


「任された」


 短いやり取りの後、私はリリアと共に、空いている応接室へと向かった。


 貴族の屋敷の応接室は、会話が聞こえないように扉が厚くつくられていて、会話が漏れることは無いけれど、念には念を入れて防音の魔法を使う。


「座って良いわよ?」


「ありがとうございます」


 人払いも済ませているから、会話が漏れる事は無いはずだ。

 だから、早速本題を切り出そうと私は口を開いた。


「信じられないかもしれないけれど、覚悟して聞いて欲しいわ」


「そんなに大変なことなのですね……。覚悟はしていますから、大丈夫ですわ」


「分かったわ。

 リリア、貴女は闇属性の適性があると思うの。だから、誰にも気付かれないようにして欲しいわ」


 リリアが闇魔法を扱えれば、屋敷の皆がアイリス様の毒牙に再びかかる事は無くなると思う。

 けれど、適性があることを悟られたら処刑されることになってしまうから、練習させることも避けたいのよね……。


「わたくしが……。でも、お姉様も闇魔法を扱えるのですから、私が扱えてもおかしくはありませんわ」


「もしかして、気付いていたの?」


「わたくしだけお兄様の異変に気付いていましたから、何かあるとは思っていましたの」


「そうだったのね。

 実際に使ってみないと分からないけれど、一回だけ試してみると良いかもしれないわ」


 王都からは距離があるから、闇魔法を扱っても気付かれるようなことは無いと思う。

 闇魔法を探し当てるような手法なんて無かったから、ここで練習するだけなら何も問題にならないと思う。


 それとも、見つかる前に腕を磨いてもらって、闇魔法で王家を欺いた方が良いのかしら?

 どちらにも長所短所があるから、私だけで決めるのは難しい。


「お姉様。あの偽聖女と王家に一矢報いたいので、しっかり練習したいですわ」


「王家に悟られたら、即処刑よ? その覚悟は出来ているのかしら?」


「練習しなくても、再検査が入れば発覚してしまいますから、どこかの偽聖女と同じように立ち回る方が良いと思いましたの」


「覚悟が出来ているのなら、私も覚悟を決めるわ」


 リリアが自ら決断したのなら、私が口出しする理由なんて無い。

 出来ることと言えば、王家に大切な妹を奪われないように全力を尽くすことくらいだ。


 だから、私はクラウスに魔法書を借りるために、一度部屋を後にした。

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