第二部

74. 嫌な予感がします

「クラウス、少し相談したいことがあるのだけど、良いかしら?」


 ここはブルームーン帝国の首都にある冒険者ギルドの支部。

 いつものように依頼を漁っている最中に、私シエル・グレーティアはそんなことを口にした。


「もちろん。ここだと話しにくいようなら場所を移すよ?」


 一緒に冒険者としているクラウスが私を気遣うような仕草を見せたけれど、私は首を軽く振ってから言葉を続ける。


「この依頼のついでに、領地の様子を確認しておきたいの。

 両親に見つかったら厄介事になるのは分かっているけど、それでも領民達が心配で……」


 数ヶ月ほど前までは、私は生まれ育ったアルベール王国で王太子殿下の婚約者として、王家に尽くしていた。

 それなのに、王太子殿下は平民の中から見つかったという聖女アイリス様に浮気をしていて、あろう事か殿下の方から婚約解消を言い渡された。


 この婚約解消は私も望んでいた事だから、揉める事も無かったけれど、別のことで問題が起きてしまったのよね。



 私が育ったグレーティア伯爵家は、爵位にしては質素な生活を送っていた。

 王太子殿下と婚約すると、王家から支援を受けられるようになって、私の家族も使用人達も裕福な暮らしが出来るようになっていった。


 けれど、両親と妹の贅沢のせいで、私とお兄様で領地経営を改善しても生活は良くならなかった。

 しまいには婚約解消を機に家を追い出されてしまったのよね。


 その直前までは色々なものを奪われていたけれど、何も奪わせないと心に決めたことは、今でもはっきりと思い出せる。


「ご両親に見つからないか心配なら、男装していれば分からないと思う」


「そうよね……周りが見えてない人達だもの、大丈夫に違いないわ」


 これもお兄様に爵位が移るまでの辛抱。

 けれど良くない気配が王国を包んでいるという噂もあるから、心配で仕方がない。


「あとの問題は、その依頼が過酷なことくらいか」


「確かに過酷かもしれないけれど、私は大丈夫」


 私が手に取っている依頼は、アルベール王国とブルームーン帝国の国境辺りで増えているワイバーンの討伐という、ありふれたものだ。


 この魔物の討伐は何度もこなしているから慣れているけれど、国境にある山脈は危険な魔物が多い上に、村のような泊まれる場所は無いから必然的に野営することになってしまう。

 もちろんお風呂なんて入れないし、夜は交代で見張ることになるから、ゆっくり休むことも難しい。


 でも、これ以上に過酷な一週間を過ごしたことがあるから、きっと大丈夫。


「風呂に入れないし、魔物の動き次第では徹夜で移動することもある」


「覚悟は出来ているわ。それに、妃教育を受けている頃に一週間だけ徹夜したこともあるから、大丈夫よ」


「一週間は、だけ、とは言わない……。よく耐えられたね。

 頭がぼんやりしたり、身体が重くなったりしたはずだけど」


「それくらいになると、逆に頭が冴えてきてしまったのよね。ミスする事も無かったわ」


「そうか。あと一歩で死ぬところだから、二度としないで欲しい」


 私を気遣うような視線を向けながら、そんなことを口にするクラウス。

 直後にはアルベール王国の方に鋭い視線を送っていたから、私の過去の扱いに思うところがあるらしい。


 もう過ぎたことだから気にしなくても良いけれど、心配してもらえるのはすごく嬉しい。

 けれど、今回の依頼を受けるために余計な心配をかけてしまうから、申し訳なさも感じてしまう。


「無理だと思ったら休ませてもらうわね。

 私、二時間くらい眠れたらスッキリ出来るから」


「……そうか。

 辛くなるのは俺の方になりそうだな」


 遠い目をするクラウスだったけれど、無事に納得してもらえたみたいで、国境でのワイバーン討伐に向かう事が決まった。

 ちなみに、依頼の報告はどこの支部でも問題無いから、今回は山越えをする計画だ。


「クラウスは山越えの経験があるの?」


「Sランク四人で組んだ時に五日で終えたことがある。

 今回は二人だから参考にならないが、最短だと同じくらいだろう。長ければ二十日は覚悟した方が良い」


「分かったわ」


 無事に依頼を受けたら、これから向かう旅で必要なものを揃えに商店街へと向かう。

 携行食はお世辞にも美味しいとは言えないから、基本的には食材は現地調達になるのよね。


 その方が荷物も減らせて行動しやすくなるし、温かくて美味しいお肉を食べられるから、大抵の冒険者は依頼の途中で狩りをしている。

 狩りが上手く出来ない時もあるから、ある程度の食糧は持ち込まないといけない。


 だから、一通りの買い物を終えてから、荷造りのために家に戻る私達。

 ちょうど同じ頃、大量の私宛ての手紙がアルベール王国から届けられて、嫌な予感を覚えてしまった。

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