73. 幸せな日々
クラウスと婚約を結んでから一週間。
まだ日が昇り始めたばかりの時間に目を覚ました私は、手早く着替えを済ませてから厨房へと向かった。
侯爵家で暮らしていた時よりも一時間以上も早い目覚めだけれど、冒険者として活動している時はこれが当たり前だ。
周りが見えなくなる夜は危険だから、朝早くから活動した方が色々と都合が良いから。
「おはよう」
「ええ、おはよう」
ちょうど同じタイミングで厨房に入ってきたクラウスと軽く挨拶を交わしてから、手分けして朝食の準備を進める。
私もクラウスも贅沢を好んではいないから、簡単に作れるサラダとパンに、おかずを合わせただけの組み合わせ。それでもお腹は程よく満たせるから、魔物と戦う時に困ったこともない。
パンは昨日の夜のからオーブンでゆっくり焼いているものがあるから、それを取り出してお皿に並べるだけだから、今日のサラダ担当のクラウスがすることに決めている。
おかず担当は私なのだけれど、調味料を切らしてしまっているから、昨日魔物から採ってきたお肉を塩と胡椒で味付けして完成にするつもりだ。
大変なのは味付けではなく火加減なのだけど……見ている感じだと程よく焼けている気がする。
「こっちは出来たよ」
「私の方もそろそろ出来るわ。
……あっ」
けれども、無事に完成……とはいかなかった。
お肉をひっくり返してみると、焦がしてしまって、素っ頓狂な声を出してしまう。
「ああ、それくらいなら大丈夫だよ。
これくらい焦げたら、流石に食べられないけどね」
私の失態を認めたクラウスはというと、真っ黒に焦げたパンを手にして、そんなことを口にした。
慣れているクラウスでも失敗するのだから、火加減は難しいに違いないわ。
失敗を見越して多めに作っているから問題は無いのだけど。
「外側を削ったら食べられそうね」
「だから、これは俺が責任もって食べるよ」
「無理しなくて良いよ?」
表面をガリガリと削っていくと真っ白なパンに変身したけれど、味が大丈夫なのか心配になってしまう。
「……私も食べてみて良いかしら?」
「もちろん」
そんなわけでテーブルの前に座った私は、早速焦げていたパンを齧ってみた。
するとサクサクとした食感が伝わってきて、普段の上手に焼けたパンとは違う美味しさに驚嘆せずにはいられなかった。
「……すごく美味しいわ」
「少し硬いけど、大丈夫だった?」
「ええ。サラダと合わせても美味しいかも」
「とりあえず、試してみよう」
私の思い付きも当たりだったみたいで、いつもよりも楽しい朝食になった。
それからは一旦自分の部屋に戻って、今日の準備を進めていく。
一人で身の回りのことを済ませる事にも慣れたから、前のように何十分とかかることも無くなった。
今日は皇帝陛下との謁見があるから男装はしていない。
けれど節度は守らないといけないから、相応の服を用意しておいたのよね。
報奨金を受け取るのも今日なのだけど、それとは別に国を救ったお礼を頂けるらしい。
爵位を授かるのは面倒ごとが増えるからお断りしたいけれど、それ以上に大金も私の手に余るのよね……。
ちなみに、昨日は冒険者ギルドからも報酬を受け取っていて、五千万ダルが口座に振り込まれていて、卒倒しかける羽目になった。
おまけに冒険者ランクもSランクに上がったから、銀色だった指輪が目立つ黄金色に変わっている。
今日はそれ以上の事が起こるはずだから、気を引き締めて姿見の前に立つ私。
「……大丈夫そうね」
服装に乱れが無いことを確認してから、クラウスが待っている玄関へと向かった。
今日もクラウスの方が準備を終えるのが早かったみたいで、階段を降りていくと玄関前に立つ彼と目が合った。
「お待たせ」
「俺も着替え終えたばかりだから、気にしないで」
「ありがとう」
短い会話を交わしている間に、差し出された手をとる私。
まじまじと見つめられると恥ずかしいけれど、この瞬間も幸せなのよね。
婚約解消の後から先週まで大変なことの連続だったけれど、クラウスと一緒に過ごしている時に辛いと思った事はない。
前の私に「婚約解消の後は幸せな日々が待っていました」だなんて言っても信じられなかったと思う。
「それじゃあ、行こうか」
「ええ、行きましょう」
でも、これは現実のこと。
クラウスとなら、これからも幸せな日々が続くに違いないわ。
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