75. 旅に出ます

 アルベール王国から届いた大量の手紙を見て、クラウスと顔を見合わせる私。

 私の居場所は帝国の一部の貴族達と、お兄様しか知らないはず。


 それなのに、この量が届くのは不思議だった。


「誰かに追われている気配は無かったが……」


「これ、一度お兄様の元に届いたものみたいだわ」


 手紙の山の中から、お兄様が差出人のものを探し出して、すぐに封を切る。

 中身を見てみると……王国の大変な状況が書かれていた。


「俺も見て良いかな?」


「ええ。むしろ見て欲しいくらいだわ」


 手紙に書かれていたことを簡単にまとめると、王命が一切出されなくなって政治が混乱していること。それから、私を聖女の座から突き落として、聖女になっていたはずのアイリスの治癒魔法の効果が解け始めているというものだった。


 治癒魔法の効果は何があっても解けることは無いのだけど、アイリス様に治療された人達が次々と命を落としているらしい。


 お兄様もこの手紙を送ってくる二日前に、階段で転んで腕を折ってしまったところをアイリス様に治してもらったそうなのだけど、字が歪んでいるから……そもそも治っていないように思えてしまう。


「お兄さんの字、下手ではなかったと記憶しているんだが……」


「ええ。普段はもっと綺麗でお手本のような字よ。

 上手く書けなくて、諦めてしまったみたいだわ」


「確かにそう書いてあった。

 まさかとは思うが、聖女というのは闇魔法で誤魔化しているだけの紛い物かもしれないな」


 こればかりは実際に見てみないと断言は出来ないと付け加えるクラウス。


 アイリス様に治療をお願いしないといけないほどの怪我をしたというのも心配だけれど、認識を改変するような魔法をかけられているというのも心配だわ……。


「闇魔法で怪我を誤魔化すことって出来るのかしら?

 周りの人が気付くと思うのだけど……」


「魔力さえあれば、関わる人全ての認識を変えることは出来るはずだ。

 光か闇の使い手でないと治すことどころか対策も出来ないが、適性があれば簡単に治せる」


「それなら安心……は出来ないわね」


 アイリス様の後ろにはカグレシアン公爵家がいるから、下手に動いて敵対すると私はともかくお兄様達が危ないのよね。

 それに光の使い手は少なくて、闇の使い手なんて海の中から指輪を見つけるようなもの。


「俺の居た国では、どの貴族も一人は闇の使い手を抱えているんだ。

 アルベール王国は誰も居ないから、かなり大変だと思う」


「分かったわ。

 私一人では難しいと思うから、グレン様にも協力を仰ごうかしら?」


「その方が良さそうだね。すぐに手紙を書く」


 私もクラウスも同じ考えに至ったから、早速行動に移すことになった。

 エイブラム侯爵家当主のグレン様は、失脚したスカーレット公爵の席についていて、ここブルームーン帝国での地位はかなり高い。


 年の変わり目で爵位も侯爵から公爵になるそうだから、これ以上ない心強い味方なのよね。




 少しして、手紙を書き終えたクラウスが立ち上がる。


 今までも感じていたことだけれど、彼は仕事がとにかく早いのよね……。

 競ってはいないけれど、この才能は羨ましい。


「よし、直接届けてくるよ」


「ありがとう。気を付けてね」


「ああ。二分で帰ってくる」


 クラウスを見送ってから、依頼の準備の続きをする私。

 けれども、彼は本当に二分で戻ってきたから、何も進まなかった。


「ただいま」


「おかえり」


「全面的に協力してくれると言ってもらえた。

 まずはグレーティア家に隠密を紛れ込ませるそうだ」


 この二分で決まったということは、グレン様も動いていたに違いない。

 スカーレット公爵とカグレシアン公爵家は繋がりがあったのだから、グレン様が察知していても不思議では無かった。


「私達は予定通り、山越えで大丈夫かしら?」


「ああ。港が封鎖される可能性もあるからね。シエルのお兄さんに確実に会うためには、山を越えた方が安全だと思う」


 想定外もあったけれど、受けた依頼は基本的に取り消し出来ないから、予定通りに準備を進めることになった。




 準備をしながら、魔物や人を操るための幻惑魔法の本を見て、その魔法の対策も頭に入れていく。


 お兄様が大怪我をしているのは確実だから、今すぐにでも向かいたいのよね……。

 けれど、準備をしないと私達まで闇魔法の術中に嵌ってしまうから、徹底的に頭に叩き込まないといけない。


「覚えた?」


「ええ、完璧よ」


「もう覚えたのか……。

 流石としか言えないよ」


 ……そんなに難しく無かったから、準備が終わる時には全て覚えられたけれど。

 クラウスは驚いて口が半開きになっている。



 珍しく間抜けなお顔になっているけれど、不思議と可愛く見えた。

 普段見れない一面を知れて、少しだけ気持ちが和らぐ私。


 それが顔に出ていたのか、クラウスは慌てた様子で口を閉じていた。


「……間抜けな顔で申し訳ない」


「もっと見せてくれても良いのよ?」


「それは恥ずかしいから嫌だな」


「楽しみにとっておくわ」


「今度はシエルに間抜けな顔をさせるよ。

 楽しみに待っていて欲しい」


「酷い顔になるから、やめた方が良いわよ?」


「シエルなら全て可愛いから問題無い」


 冗談を言い合いながら……最後の一言は全く冗談に聞こえなかったけれど……。


「クラウスも全部格好良いわよ?」


 中身が一杯に詰まったマジックバッグを背負って旅路についた。

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