65. 緩められない
ガタゴトと心地良い音を立てる馬車に揺られること十数分。
私達は無事に裁判が執り行われる皇城に着いた。
周りには私達と同じように証人として出席する貴族の方々が続々とやって来ていて、少しだけ騒がしくなっている。
ちなみに、今日の裁判では傍聴も出来るのだけど、傍聴する人は少し時間を遅らせて来るらしい。
「よし、全員揃ったようだな」
帝国貴族は重要な裁判があると必ず出席を命じられるから、グレン様は手順も全て把握しているそうで、何も分かっていない私達を会場まで先導してくれている。
「……ここからは私語を慎むように」
重厚な、それでいて豪奢な見た目の扉の前で忠告されて、頷く私。
ゆっくりと開けられた扉の先には、城内と同じように豪華に装飾されている法廷が覗いているけれど、厳かな雰囲気だから無表情の仮面を貼り付けて中へと入っていく。
今日の裁判はフィオナ様を裁くだけだけれど、明日にはスカーレット公爵様とヴィオラ様が裁かれることになっている。
スカーレット公爵様もヴィオラ様も、フィオナ様とは違って拘束はされていないけれど、手練れの冒険者と騎士団によって厳重に監視されている状況だ。
それでもヴィオラ様は学院に通っているのだけど、風当たりは厳しいのよね……。
けれど、家から出られたことが凄く嬉しかったみたいで、毎日楽しそうにしているから、私もあまり心配はしていない。
問題はスカーレット公爵様の方で、罪を消そうと必死になって功績を残そうとしているという。
なんでも、山奥に行って危険な魔物を狩る計画を立てているそうなのだけど、無謀としか言えないのよね。
今までに得た情報を頭の中で整理していると、傍聴席に続々と正装を纏った貴族が入ってくる。
今の流行りだと悪趣味としか言えないデザインのせいで、全員が非常識に見えてしまうけれど、ここに居る方々は至って真面目な貴族なのよね。
見た目と事実の差に、頭が混乱してしまいそうだわ。
「それでは開廷と致します。皆様、ご着席下さい」
裁判長がそう口にして、今まで立っていた私達はようやく腰を下ろすことが出来た。
それから少しして、被告人であるフィオナ様――いえ、もう勘当されて平民になったのだから、フィオナと呼び捨てした方が適切ね……。
そんな立ち位置になった彼女は、騎士二人に両隣を挟まれた状態で法廷内に入ってきた。
両手を後ろで縛られているから、私と目が合っても睨みつける事しか出来ないらしい。
投獄されたのは全て私のせいだと思っている様子だけれど、どう考えてもフィオナ自身の行いが招いた事だから、罪悪感なんて覚えなかった。
フィオナが裁判長の前に
「フィオナ。お前には殺人未遂の容疑がかけられています。
今から二週間ほど前、神聖なる学院で……」
昨日のうちにグレン様から聞いていた通りなら、これは罪状の確認だと思う。
被告に認めさせるというよりも、傍聴者に状況を把握してもらう意味の方が強いから、フィオナが「違うわ……!」と喚いても、遮音の魔法によって強制的に黙らされるだけ。
お陰で予定通りの時間に確認が終わって、今度は被告人が意見を言う時間になった。
一体何を言われるのか分からないから、少しだけ緊張してしまう。
動じるつもりは無いけれど……。
「異議? もちろんありますわ。
そもそも、私はあのシエルという女に嫌がらせを受けていたのよ!」
……私の名前が出てきて、呆れてしまう。
何をどうすれば私が悪いと言えるのか、全く理解できないし、理解したくもない。
けれど帝国の裁判では、被告人の言葉に誤りがあれば反論しないといけないから、私はすぐに手を挙げた。
「シエル・エイブラム、発言を許可します」
「ありがとうございます。
先程のフィオナの説明は虚偽ですわ。嫌がらせを受けていたのは私でしたもの。
学院内で私が泥を投げつけられているところを目撃した方もいらっしゃいましたから、調べればすぐに分かります」
そう口にしながら、用意していた紙を取り出す。
この紙には、私が嫌がらせを受けていたことを証言してくれる方々の名前を書いてある。
けれど、無許可で裁判長の前に歩み寄ることは許されていないから、言葉を続けた。
「こちらに私が受けた嫌がらせと、証人になって下さる方を纏めてあります。
受け取って頂けると嬉しいですわ」
「分かりました。私は動けませんので、こちらに来てください」
「はい」
頷いてから、裁判長の前に移動する私。
受け取ってもらえたら直ぐに戻る決まりだから、軽く視線を合わせてから踵を返した。
それからも何度も「シエルが悪い。私は悪くない」と発言するフィオナだったけれど、もう言い逃れは出来ないほど証拠が集まっているから、大して相手にされていない様子だった。
けれども決まりは決まりだから、その度に私やクラウス、フィーリア様が裁判長との間を往復することになった。
「……そもそも、私が上級魔法を使っていたなんて証明出来ないじゃない!
シエルだって上級魔法を使っていたのよ!?」
この言葉だって予想通り。
だからすぐに手を挙げようとしたのだけど、それよりも先に、傍聴席で手を挙げる人の姿が目に入る。
「傍聴人、発言を許可します」
「事件が起きた授業中に使用していた白衣の天使には、使用された魔法を記録する機能もあります。
そこで調べた結果、確かにフィオナの上級魔法の使用が確認できましたが、シエル・エイブラム嬢は、攻撃魔法に限れば中級までしか使用していませんでした。
上級の攻撃魔法に見える攻撃魔法は、光魔法による幻影だと考えられます」
「神聖なる学院で教鞭を
念のために確認します。シエル・エイブラム嬢、貴女の行動と乖離はありませんでしたか?」
「全て私の知る事と同じでしたわ」
私がはっきりと言い切ると、フィオナは悔しそうに手を握りしめていた。
けれど、彼女はまだ何か企んでいる。そんな予感がしたから、少しも気を緩める事なんて出来ないわ……。
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