66. 罪人の末路

 嫌な予感を覚えたのは私だけでは無かったみたいで、クラウスが警戒を促す合図を出している。

 これは冒険者として行動する時に決めていたもので、私は「了解」の合図を返す。


 そんな時、裁判長がこんなことを口にした。


「これもお前の知る事実とは異なるようですが、他に言いたいことはありますか?」


 流石にもう反論のしようが無い。

 傍聴席からも、そんな空気が伝わってくる。


 反対に私達は、一つだけフィオナに残されている手札を予想していたから、空気は一切変わっていない。


「あれは正当防衛よ。私はシエルと敵対していたから、殺されそうだったの!

 殺されないように攻撃して、何が悪いっていうの!?」


 全て予想通りだったから、笑みが漏れそうになってしまう。


 こんなことで笑ってしまう私は性格が悪いのかしら?

 不安が過ったけれど、クラウスの耳が赤くなっているのを見つけて安心する私。


 彼は笑いを堪えている時、耳がほんのりと赤くなるのよね。


「シエル・エイブラム嬢、発言を許可します」


「私が攻撃魔法を使っていないことは証明されています。

 けれども、私が殺意を持っていないということを証明することは難しいですわ」


 そう切り出すと、傍聴席から呟きが漏れてきた。

 裁判長が「静粛に」と一喝すると静かになったけれど、皆戸惑いを隠しきれていない。


「ですから、私がフィオナに殺意を持っていたと仮定してお話します。

 エイブラム家に他者を買収できるだけの富があることは、皆様もご存じだと思います。

 そんな状況で、私が自ら手を汚す利点はどこにあるのでしょうね? フィオナ、貴女には私が愚か者に見えていますの?」


 学院の中では意識されていないけれど、帝国にも不敬罪は存在している。公の場ではかなり問題になる行為で、ここ裁判の場でも同様だ。

 だから、ここでフィオナが私の言葉を肯定すれば、私が愚か者だと嘲笑していることと同じになるから、その時点で不敬罪を着せることが出来るのよね。


 逆に首を振れば、フィオナが自分の虚言を認めることになる。


「黙っていては分かりませんわよ?」


 フィオナがなかなか口を開いてくれないから、笑顔を作って問いかけてみる。

 すると、私の思惑通り、フィオナは怒りで表情を歪めた。


 その直後、フィオナの足元から靴が私の顔めがけて飛んでくる。

 ここでわざと当たっても良かったのだけれど、靴底が茶色く染まっていることに気付いたから、直前で躱した。


「裁判長!」


 騎士さんが声を上げたことで、裁判長も靴が飛んできていることに気付いたらしい。

 けれど座っていたせいで上手く避けられなくて、頭に直撃してしまった。

 裁判長の前頭部は髪が無いから、コツンと乾いた音が響く。

 痛そうだけれど、それ以上に汚物が頭に付いてしまったことの方がショックだと思う。


「緊急事態だ。水魔法を使用するが、勘弁して貰えると助かる」


 そう口にした裁判長は、法廷の端の方に走って行って、水魔法で頭を洗っていた。

 フィオナの方はというと、裁判中は離れていた騎士達によって足も縛られて、殆ど身動きが取れない状況になっている。


「……コホン。それでは、裁判を再開します。

 今の行動で、どちらの主張が正しいか分かりました」


 頭に付いてしまった汚物を洗い落とした裁判長がそう口にすると、さっきまでのざわめきが嘘のように静かになる。

 フィオナだけは恨めしそうに私の方を見ているけれど、あんな行いをしてしまったのだから、容赦はされないと思う。


「今回は被害者側の主張を全面的に認めることとします。

 罪人フィオナは、スカーレット公爵の指示により、シエル・エイブラム嬢を暗殺しようとした罪で刑務所での無期刑に処す。

 未遂でなければ極刑が妥当であるが、本件は未遂であるため多少の減刑を行っている」


 刑が言い渡されると、フィオナは一気に顔を青くしてしまった。


「どうして修道院送りじゃないの……」


 状況は違うけれど、暗殺未遂を犯した人物が高位貴族の令嬢なら、殆どは辺境にある修道院送りになる。

 フィオナは自分も修道院送りで収まると思っていたみたいで、罪を犯した平民が入れられる刑務所と聞いて絶望している様子だ。


「刑務所なんて嫌……禿げになんてなりたくない……」


 涙をボロボロと流しているフィオナだけれど、今までの態度のせいで同情する気持ちなんて欠片も沸いてこない。

 周りを見てみると、誰もがフィオナに汚物を見るような視線を送っている。


「異議は無いようですので、これにて閉廷とします。皆様、お疲れ様でした」


 裁判長が合図を出すと、ブツブツと何かを呟いているフィオナが引きずられていく。

 少し遅れて、私達も退席するようにと促されたから、立ち上がって出口に足を向けた。


 そんな時、裁判官達の会話が耳に入ってくる。


「禿げていて良かったと思えたのは、今日が初めてでしたよ」


「不幸中の幸いでしたな」


 ペチペチと頭を叩く音が響いているのだけど、笑いを堪え切れなくなりそうだから、大急ぎで法廷を後にする私。

 クラウスはというと、私よりも早く出ていたから、いつもの笑顔を浮かべながら声をかけてくる。


「裁判お疲れ様。シエルに当たらなくて良かったよ」


「そうね……っ」


 私も笑顔ではあるのだけど、これは笑いを堪え切れなくなってしまったから。

 声が出ないように大慌てで口を塞いだから何事も無かったけれど、一歩遅かったら危なかったわ……。


「大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ。危なかったけれど……」


 そんな言葉を交わしながら、フィーリア様達と帰路につく私。

 今回の判決でスカーレット公爵様も悪事に手を染めていることが公になったから、明日の裁判が楽しみだわ。


 けれども気になることもあるのよね……。


「フィーリア様。刑務所に入ると、禿げてしまうのですか?」


「禿げはしませんけれど、男性も女性も髪をかなり短くされますの。丸刈りという髪型らしいですわ」


「死刑よりも辛くなりそうですわね……」


 髪は命のようなものだから、殆ど禿げに近い髪型にされるのは辛いと思う。

 でも、これはフィオナが自ら選んで行動した結果だから、同情なんて欠片も感じなかった。

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