64. 裁判に向けて

「ヴィオラ様、その復讐に私も協力しますわ」


 フィーリア様とヴィオラ様の握手が終わったタイミングを見計らって、私も右手を差し出す。

 命令されたとはいえ騙していたことに思うところはあるけれど、実害は無かったから咎めるつもりは無い。


「わたくし、シエル様を毒殺しようとした人の娘なのに、本当に良いのですか?」


「血が繋がっていても、ヴィオラ様は公爵様とは別人ですもの。他人の責を咎めるような考えはありませんわ」


 それに、ヴィオラ様は人生の一部を公爵様に奪われてしまっている状況だから、手を差し伸べずには居られないのよね。


「ありがとうございます……」


「どうして泣くのですか?」


「嬉し涙ですわ」


 不機嫌そうに、けれど笑顔で握手をしてくれるヴィオラ様。

 この様子なら自ら命を絶つことも無いと思うから、ようやく緊張が和らいだ。


 そんな時、食堂に繋がる扉が開くところが目に入った。


「ここに居ましたのね。……私、もしかして邪魔でしたか?」


「いいえ、もう話は終わったので大丈夫ですわ。

 是非ご一緒しましょう!」


 戸惑うアイネア様に言葉を返して、手招きをする私。


 ここに来るときに昼食も運んでいたから、揃って手を合わせる私達。

 それからは、明るい話題を楽しむことが出来た。



 けれども、楽しい時間もあっという間に過ぎていって、今日の授業を終えた時のこと。

 予想していた問題が起きてしまった。


「迎えの馬車が来ていませんでしたわ……」


「予想通りでしたわね……」


 お昼に話し合っていた通り、ヴィオラ様を馬車に招き入れる私達。

 この馬車は中に四人までしか乗れないのだけど、クラウスが御者台に移動することでヴィオラ様が座れる場所を確保している。


「ええ。お陰でスッキリしましたわ。

 フィーリア様、シエル様。これからお世話になりますわ」


 ヴィオラ様はすっかり元気になっているから、もう心配しなくても大丈夫だと思う。

 スカーレット公爵家がヴィオラ様を勘当したけれど、学院は一度入学していれば身分を失っても退学になる事は無いから、今までと生活は変わらないはずだ。


「ええ。公爵様が連れ戻しに来る前に、早く行きましょう」


 フィーリア様がそう口にすると、馬のいななきに続けて馬車が動き出す。

 それからはいつも以上に会話が盛り上がって、私はクラウスから嫉妬の視線を向けられることになってしまった。




   ◇




 ヴィオラ様がエイブラム邸で暮らすようになってから十日。

 今日は裁判が執り行われる日だから、すごく緊張する朝を迎えている。


 裁判には帝国の正装でおもむく事になっているのだけど、これがかなり厄介で、侍女五人がかりでも着るのに一時間はかかるらしい。


 男性の正装は女性のものよりは着やすいらしいけれど、それでも三十分かかるという。


「王国の正装はこんなに重たくなかったのに……」


 最後に装飾の意味しかない服を着せられた時、ずっしりとした重みが肩に伝わってきて、うっかり愚痴が漏れてしまう。

 魔法で身体を強くしていれば紙のように軽く感じるけれど、裁判中の魔法行使は厳禁だから、慣れるしかないのよね……。


「すぐに慣れますから、大丈夫ですよ?」


「これだけ重たいと、慣れる前に疲れ切ってしまいそうだわ……」


 侍女さんは大丈夫だと言ってくれたけれど、不安が拭え切れなくて、曖昧な表情を浮かべることしか出来ない。

 私はこんな状態なのに、先に正装に着替え終えたフィーリア様は平然としている。


「重くないのですか?」


「重いですわよ?」


 フィーリア様の身体がどうなっているのか気になってしまったけれど、私の早とちりだったらしい。

 けれど冒険者になってから腑抜けてしまった私と違って、家の中でも取り繕っているのは素直に尊敬したいと思えた。


「……行事がある度に着ていますから、取り繕うことにも慣れましたの」


「そういう事でしたのね。私も早く慣れられるように頑張りますわ」


「無理はしないでくださいね。断りを入れれば、裁判中でも離席することは出来ますから」


「分かりましたわ」


 王国では被害者でも裁判中の離席は許されなかったから、差に驚いてしまう。

 離席が許されるのは被害者側に限られるそうだけれど、途中で辛くなってしまっても逃げ出せるのは嬉しい。


「シエル様、これで最後です。

 少し手を上げて下さい」


「分かったわ」


 最後に着けられた装飾品も重たかったけれど、今回は愚痴を漏らさずに済んだ。


「はい、出来ました。軽く動いてみて下さい」


「重たいけれど、何とか動けるわ」


「それなら大丈夫そうですね」


 侍女さんと言葉を交わしてから、待ち合わせ場所にしている応接室に向かう私。

 少し歩くだけで、無駄な装飾ばかりでギラギラとしている正装がジャラジャラと音を立てて、つい顔をしかめてしまう。


「この服、私には合わないわよね……」


「似合う人の方が少ないと思いますわ。今の流行りで考えると、この正装のデザインは悪趣味としか言えませんもの」


 既に開けられている扉の向こうでは、既にクラウスやグレン様が談笑していたのだけど、正装のせいで悪趣味な貴族の会話に見えてしまう。


 馬車に乗ってからも見た目は変わらない上に、日の光を反射して眩しくて、クラウスのことを直視出来ない。


「地獄かしら……」


「ええ、地獄ね……」


「地獄だな……」


 私が呟くと、フィーリア様やクラウスも同じようなことを口にする。

 この正装に良い印象を抱いていないのは、二人も同じらしい。


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