63. 毟り取りたいもの

「ヴィオラ様、何か辛いことがありましたの?」


 作戦ではお昼にヴィオラ様を問い詰める予定だったのだけど、どう見ても傷付いている様子を目にしたら、声をかけずには居られなかった。


「……お父様に命令されていたことを上手く出来なくて、暴力を振るわれてしまいましたの」


「何を命令されていましたの?」


「それはここでは言えませんわ」


 フィーリア様の冤罪を着せるための工作を指示されていたことくらい予想がつくけれど、場所を変えてしっかりとお話をした方が良いかもしれない。

 理想はヴィオラ様に自ら語ってもらう事だから、フィーリア様に目配せをして同意を求めた。


「ヴィオラ様。昼食は人気の無い場所で取りましょう。

 その時にお話しして頂けますか?」


「ええ……」


 私の考えを読み取ってくれたフィーリア様が問いかけても、ヴィオラ様は弱々しく頷くだけ。

 遠見の魔法で見た時はここまで弱っていなかったけれど、きっと今までのことを耐えきれなくなってしまったのだと思う。


 今のヴィオラ様のような状態になっている人が自ら命を絶つなんてことも珍しくないから、心配になってしまう。

 いえ、既に自ら命を絶とうとした後だったわ……。


 なんとか助けられたけれど、あの時は本当に危なかったのよね。

 けれど、こんな風に弱っている人との接し方なんて知らないから、私が過ちを犯してしまいそうで恐ろしいわ。


「フィーリア様。ヴィオラ様を一人にしないようにしましょう。

 このままだと、取り返しのつかない事になるかもしれませんわ」


「もちろんですわ」


 幸いにも今日の授業は座学だけだから大丈夫だと思うけれど、休憩時間は油断できない。

 だから、フィーリア様と協力して見張ることに決めた。




 それから無事に午前中の授業を終えた私達は、ヴィオラ様を連れて人気の無いテラスに移動した。

 ここも食堂の一部だけれど、今日はどんよりとした厚い雲が出ているから、誰も使いたがらない様子だ。


「誰か来ても大丈夫なように、遮音の魔法を使いました。

 これで自由に話せますよ」


「ヴィオラ様。一体何があったのか、教えて頂けますか?」


「お父様から、フィーリア様に冤罪を着せるように命令されてしまいましたの。フィーリア様は大切な友人だから、拒否しましたわ……。

 でも……」


 ヴィオラ様の口から語られたのは、信じられないことの連続だった。


 スカーレット公爵様に「女ならいくらでも代えが効く。お前が使えないなら、隠していた娘を使うだけだ」と言われて、危うく殺されそうになったらしい。

 ヴィオラ様がフィーリア様を大切な友人だと分かっていての行動というから、親失格どころか人間失格だと思う。


 けれど、毒殺自体は公爵様が手引きしているという。


 私が毒殺されそうになったのも、同じように脅されたらしい。

 だから実行に移したという。


 でも、計画は私が阻止したことで失敗。

その事を父である公爵様に報告したら、昨日私が見ていた直後にドレスで見えなくなる背中などを殴られたという。

 教育と称していたそうだけど、どう捉えても暴力にしか思えない。


 そして、今朝は二度と帰ってくるなと追い出されるようにして屋敷を出たという。


「今まで騙していた女の言葉なんて、信じられませんわよね……」


「今の言葉、信じますわ。それに、見当はついていましたの。

 助けられなくて申し訳ないですわ」


「……え? でも、わたくしは消える運命ですわ。

 家を追い出されたら、もう生きていけませんもの。いくら心優しいお方でも、裏切者を助けようとは思えないはずですわ……」


 ポロポロと涙を零しながら、そんなことを口にするヴィオラ様。

 そして、ふらふらとテラスの端に歩いていく。


 ここは一階だけれど、あの柵の向こうは堀になっているから、落ちたら助からないと思う。

 だから、すぐにヴィオラ様の手を掴んで、これ以上進めないように引き寄せた。


「私への償いをせずに消えようだなんて、許しませんわよ?

 せめて私の潔白を主張して、罪を償ってからにしなさい」


 言葉をかけられなくて戸惑っていると、フィーリア様が普段よりも強い口調で、そんなことを言い放つ。

 私はヴィオラ様に優しく接した方が良いと思っていたから、驚いてしまう。


 フィーリア様は何か考えがあるはずだから、止めなかったけれど……この後の事は考えたくないわ。


「罰は……そうね。一年間、私の侍従として身を粉にして働くなんてどうかしら?

 公爵令嬢が侍従になるなんて、他の方が見たらどう思うのか……見ものですわ。スカーレット公爵家の評価も地に落ちますわ」


「確かに……酷い落ちぶれ方ですわね」


 どういうわけか、少しだけ笑いながら呟くヴィオラ様。


「……あの憎いジジイも道連れね」


 スカーレット公爵様に怒りを覚えているのは、私だけでなく彼女も同じらしい。


「わたくし、ヴィオラ様にはそれほど怒っていませんの。でも、私を嵌めた上に妹のシエルを殺そうとしたスカーレット公爵には激怒していますわ。あのモサモサした髪を一本残らずむしり取ってやりたいくらいに。

 ヴィオラ様。一緒に復讐しませんこと?」


「許して下さるのですか?」


「ええ。潔白を証明して頂けたら、許す以外の選択肢はありませんもの」


 はっきりと口にして、握手を求める手を伸ばすフィーリア様。

 ヴィオラ様は、ゆっくりとフィーリア様に手を重ねた。

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