49. 密談です

「「いらっしゃいませ、アレン様」」


「「クラウス様、シエル様。お帰りなさいませ」」


 玄関に入ると、使用人さん達が総出で出迎えてくれた。

 お兄様が今日来るとは一言も言っていなかったから、この状況は予想外のこと。


 だから内心では戸惑ってしまったけれど、表には出さないで侍女に視線を送る。

 頷きが返ってきたから、用意してもらっている部屋にお茶菓子がもうすぐ出されると思う。


 それまでは玄関での雑談で時間を稼ぐことになるのだけど、これは使用人さん達がお兄様を質問攻めにしているから大丈夫そうだ。


その間に、こっそり離れていた侍女が戻ってきたから、私はお兄様と使用人さん達の会話を遮ることにした。


「お兄様、立ち話も疲れるでしょうから、中でお話ししましょう」


「そうだったな。すっかり話に夢中になっていたよ……」


 少し悔しそうなお兄様を部屋まで案内して、衛兵さんに人払いをお願いする。

 これからお互いの近況だけでなく、手紙にあった情報の共有もすることになると思うから。


 エイブラム侯爵家の人達は信用しているけれど、どこに敵対している人の目と耳があるかは分からない。

 隠密を忍ばせることくらい、高位貴族になれば容易だもの。徹底しておいた方が安心なのよね。


 念には念を入れて、扉がしっかり閉められていることを確認してから、お兄様に続いてソファに腰掛けた。


「積もる話もあると思うけど、先に手紙に書いた件についてだ。

 カグレシアン公爵は知っているよね?」


「ええ、もちろんですわ。よく私を嫌らしい目で見ていたお方なので、悪い印象しかありませんけれど。

 そのお方が関わっておりますのね?」


「あの男、そんな目でシエルを見ていたのか。……これは後回しだな。

 カグレシアン公爵だが、この前見た時に何かを企んでいる顔をしていた。その時、ずっと陛下から目が離れていなかったから、狙いもおのずと想像がつく」


 問い返すと、お兄様からは衝撃的な言葉が飛び出してきた。

 カグレシアン公爵様が何かを狙っていることは私も気付いていたけれど、何を狙っているのかまでは分からなかった。


 それにあのお方は滅多に表に出てこない上に、姿を見せても十分ほどで居なくなってしまうことが多い。

 だから狙いまでは私には分からなかった。


 けれど、お兄様はその短時間で王位を狙っていると予想を立てたらしい。

 証拠は無いけれど、この予想を否定することも出来ない。


「聖女様を保護しているのはカグレシアン公爵様ですから、可能性は高そうですわね」


「シエルも俺と同じ考えになったみたいだね。

 カグレシアン公爵はブルームーン帝国の高位貴族と協力体制にありそうなんだ。隠密に探らせたら、帝国からの暗号文がかなりの数……百通以上見つかった」


「暗号となると、中身までは分かりませんわよね……」


 他人に知られないように暗号文にしているのだから、この短期間で解読出来るはずが無い。

 出所が分かっているのは、船で運ばれるときの荷物の識別記号が書かれていたからだと思う。


「いや、隠密が半分くらい解読してくれた」


「半分もですって? ……相当優秀なお方なのですね。

 内容はどんなものでしたの?」


 


「多くは不正を働いている証拠だったが、毒物の取引があったようだ。

 誰に盛る予定なのかは分からないが、気を付けて欲しい」


 偶然かもしれないけれど、フィオナ様が毒殺されかけた事件にはカグレシアン公爵様が関わっているかもしれない。

 けれど警備が厳重な公爵邸から証拠を持ち出すのは困難だと思うから、証拠を私とクラウスで入手しないといけない事に変わりは無さそうね。


「忠告、ありがとうございます。お兄様も、気を付けて下さいね?」


「ああ、もちろんだ。いつ盛られても大丈夫なように、解毒薬は持ち歩いている」


「それなら大丈夫ですわね」


 この動きが見つかれば、お兄様はカグレシアン公爵様から毒牙を向けられることになる。

 そうならないために万全を期しているのは分かるけれど、すごく心配だ。


 けれど証拠集めをしている私も同じ状況だから、お兄様に心配をかけてしまっているのよね。

 申し訳ない気持ちになってしまうけれど、フィーリア様が冤罪をかけられた証拠を見つければ、カグレシアン公爵様の狙いにも一歩近付けるかもしれない。


 毒殺未遂事件の黒幕と繋がりがある前提でのお話になってしまうけれど、もう後に引こうとは思えなかった。


「シエルも十分に気を付けるように。

 いくら毒に強くても、大量に盛られたら耐えられないだろうからな」


「心配して下さってありがとうございます。

 私も解毒薬は持っているので、大丈夫ですわ」


「それなら良いが、離れていると不安は尽きなくてね……」

 

「そうですわね……」

「それから、もう一つ。

 幻惑の類の魔法には気を付けるように」


「……分かりましたわ」


 この一言が出てくるという事は、幻惑魔法に関する暗号文が見つかったという事だと思う。

 魔法は魔力の流れを引き起こすから、自分に向けられたらすぐに気付ける。


 けれど他人に使われていても気付くのは難しくて、例えば幻惑魔法で家族を惑わして、家族を手にかけさせる……なんてことも出来てしまう。

 そもそも闇魔法に適性がある人は珍しくて、私が知っている限りでは国王陛下と聖女アイリス様くらい思い付かない。


 平民に目を向けたらどうなるか分からないけれど、似たようなものだと思う。


 闇魔法を扱える人が少ないのにも理由があって、魔女狩りで真っ先に処刑されていたから。

 扱える魔法の属性は、殆どは親からの遺伝で決まるから、多くが処刑されていると少なくなって当然だ。


 私が全ての魔法を扱えている理由は正直よく分からない。

 お母様が水と風、お父様が火と土だから、基本四属性が扱える理由は説明出来るけれど、無属性や光と闇は説明が難しい。


 一応、ご先祖様には五代くらい前の聖女様がいらっしゃるから、そこからと考えるのが一番納得できる。


「まあ、シエルなら対処も逆に相手を幻惑にかけることも容易いとは思うけどね」


「気付けなかったら何も出来ませんわ」


「はは、確かにそうだな。

 それでも、シエルならすぐに対処出来ると思っているよ」


 微笑みながら口にするお兄様がクッキーを口に運んだから、私もお皿から手に取る。


「話したかったことはこれで終わりだから、もう大丈夫だよ」


 それから、私は部屋の扉を開けて、話が終わったことを護衛さんに伝えた。

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