48. 勘違いされています
「お兄さん、あの船に乗っていると良いね」
「ええ、そうね……」
緊張から言葉数が少なくなっていると、お兄様とよく似た髪色の人の姿が見えた。
ここからだと遠すぎて顔まではハッキリと見えないから、近付くのを待つ私。
「見つけたから行ってくるわ」
数十秒待っていたら、その人がどう見てもアレンお兄様だったから、通りそうな場所で待ち構える。
ちなみに、お兄様の顔色はかなりひどくて、執事さんに介抱されている。馬車には強くても、船には弱かったみたい。
けれど私と目が合うと、さっきまでの顔色の悪さが一瞬で無くなって、私のところに駆け寄ってくれた。
「シエル、久しぶり。会いたかったよ」
「私も会いたかったですわ。船酔いは大丈夫ですの?」
「シエルの顔を見たら治った」
軽くハグをした後に、そんなことを口にするお兄様。
恥ずかしいから変なことを口走るのは止めて欲しいのだけど、お兄様が気にする様子は無い。
「あまり恥ずかしいことを言わないで欲しいですわ。人の目もありますから……」
「誰も見てないから大丈夫だよ。
……もしかして、彼の目が気になっているのか?」
クラウスの方に視線を向けながら、そう口にするお兄様。
普段は人の意見をしっかり受け入れているのに、今日はどうしてしまったのかしら?
しばらく会っていなかったから、余計に心配になってしまう。
「そういう事ではありませんわ」
「すまなかった。仲良さそうにしていたから、揶揄いたくなったんだ」
楽しそうな表情を浮かべるお兄様を軽く
脇腹が弱いことは知っているから、そこを狙ったのだけど……反応は微妙。
今日は勝てないことを悟った私は、話題を変えるために問いかけをすることにした。
「ところで、手紙に書いていたお話は大丈夫なのですか?」
「まだ余裕はあると見ているが、早めに話しておきたい。
エイブラム侯爵邸にお邪魔しても大丈夫だろうか?」
「ええ、話は通しておりますわ」
手紙を見た日のうちに、お兄様を屋敷に招く許可は得ている。
具体的な時間が分からないから使用人さん達には早めに部屋の準備をさせることになってしまったけれど、そのお陰で今から向かっても問題は起こらないはずだ。
けれども、少し気になることが起きてしまった。
「男同士でハグしてたわよ……」
「まさか、恋仲?」
王国では同性でも挨拶として軽いハグを交わすことがあるから気にしていなかったのだけど、帝国では恋人のような関係の人がする挨拶らしい。
だから変な疑惑が浮上しているけれど、私達は兄妹。間違っても、あのご婦人方が期待しているような関係になったりはしない。
もし間違いが起きたら、私もお兄様も社会的に死ぬことになる。
「なんか居心地悪いから、離れようか」
「ええ、そうですわね」
先に我慢の限界を迎えたお兄様に促されたから、クラウスに声をかけてから馬車へと向かった。
途中で三角関係を疑う声が聞こえたけれど、これは気にしたら良くない気がするのよね……。
そんなわけで、馬車に乗り込んだ私達はエイブラム侯爵邸に戻ることになった。
けれども空気は最悪だと思う。
居たたまれないといった様子のお兄様。
その向かい側では無表情を貫く使用人さんと、笑うのを堪えている様子のクラウス。
アレンお兄様の隣に座っている私はというと、曖昧な笑みを浮かべることしか出来ない。
そんな微妙な空気が漂う馬車の中で聞こえてくるのは、ガタゴトと石畳を踏んでいく車輪の音だけ。
そんな時、唐突にお兄様の声が聞こえてきた。
「シエルの男装はすごいな……。
一瞬だけだが、どこかの令息にしか見えなかったよ」
何が面白かったのか分からないけれど、大慌てで口を塞ぐクラウス。
悲しむよりも笑っている方が良いと言うから、咎めようとは思わない。
代わりに、必死さが少しだけ面白いと思った。
「エイブラム侯爵家の皆様が協力して下さったお陰ですわ」
一人で顔を赤くしているクラウスのことは放っておいて、お兄様の質問に答える私。
すると、馬車に同乗していた使用人さんが口を挟んできた。
「何をおっしゃいますか。シエル様の男装は、我々が手をお貸しする前から完成されていました。
シエル様はもう少しご自身の功績を誇ってください」
「確かに、シエルの男装は最初から上手だったな」
笑い止んだクラウスも会話に入ってくる。
それからはお兄様に男装のあれこれを質問されて、気付けば侯爵邸の門が見えていた。
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