47. 広められないので

 魔法の効果が、術者が気付いていない敵も見つけられると証明されたから、私はフィーリア様達が習得するまで練習に付き合うことになった。


 練習のやり方は簡単で、私とクラウス、それから数人の使用人さんの中で裏切る人を決めて、フィーリア様達を裏切る想像をするだけ。

 その最中にフィーリア様達が魔法を使って、裏切ることを考えている人を探し当てる。


 これを何度も繰り返したら、翌日には確実に正解に辿り着けるようになった。


「これがあれば交渉相手の心中を読みやすくなるから助かる……が、隠し事をしているだけでも反応するから参考程度になるだろう」


「万能ではありませんから、ある程度の目星をつけるだけに留めて、隠密を付けた方が良いと思いますわ」


 そう口にするフィーリア様の言葉に頷く私。

 この魔法、グレン様から秘匿するように言われているから、裁判の場で使うことも無いと思う。


 代わりに物的証拠が大切になってくる。

 フィーリア様の持ち物に紛れていた毒は今も騎士団に保管されているから、それを調べれば特定は出来ると思う。


 帝国では知られていないけれど、王国には指紋から犯人を探し出す手法もある。

 それに毒を入れる容器と言えば、スライムの皮から作られるツルツルしたものだから、指紋も見やすいはずだ。


 ……そんなことを色々と考えてはいるけれど、証拠に小麦粉をかけるような真似が許されるわけが無い。

 だから、私が毒を盛られた時、誰にも気付かれないように証拠を回収するようにフィーリア様にお願いすることにした。


「その方が良いだろう。隠密については心配しなくて良い。

 フィーリア、まずは十人程に候補を絞って欲しい。出来るか?」


「もちろんですわ」


 グレン様とフィーリア様の会話に区切りがついた時を見計らって、私は口を開く。


「フィーリア様。毒が隠されているのを見つけたら、素手では触らないで、ハンカチ等で擦らないように持ち運んで欲しいのです」


「変わったお願いですわね。理由をお聞きしても?」


「もちろんですわ。

 人には指紋といって、指に模様があるのはご存じでしょうか?」


 そう問いかけると、私以外の全員が指をまじまじと見始めた。

 指紋のことは本当に知れ渡っていないみたい。


 私も王太子殿下の婚約者になった後で初めて知ったから、普通は知らないわよね……。


「この渦を巻いている模様で合っているか?」


「ええ、それの事ですわ。

 この模様は家族でも違っているので、ある方法を使えば、誰が触ったものなのか分かりますわ」


 私も仕組みを理解しているわけではないから詳しく説明することは出来ないのだけど、パンを作る材料になっている小麦粉で指紋を浮かび上がらせることが出来ることは知っている。

 けれど指紋の存在は秘されていなくても、指紋を浮かび上がらせる方法は口外出来ないから、曖昧な説明になってしまった。


「その方法は秘密ということか」


「そうなりますわ」


「秘密を問い詰めることまではしないから安心して欲しい。それから、協力に感謝する」


 改まって頭を下げられたから、少し戸惑ってしまう。

 貴族といえば格下の人物に頭を下げるようなことは頑なにしないのだけど、グレン様は違うらしい。


「シエルさん、本当にありがとうございますわ」


 フィーリア様とセフィリア様にも頭を下げられてしまったから、私も頭を下げた。

 お互いに頭を下げれば、対等な立場だと示すことになるから。


 ここで私が何もしなかったら、私の方が上だと主張することになってしまうのよね……。

 そんな偉そうな真似、私には出来なかった。




    ◇




 翌日、休日だからと私は冒険者ギルドに向かった。

 証拠を探す依頼は続けているけれど、学院が無い日は何も出来なくなってしまうから、魔物を狩って過ごすことに決めている。


「クラウス、良さそうな依頼はあった?」


「一番良くて、このダークウルフ討伐だな。Aランクだから報酬も美味しい」


 ダークウルフというのは、闇魔法で視界を奪ってくる厄介な魔物だ。

 動きが早い上に足音を立てないから、光の防御魔法が必須になるらしい。


 普通の人が遭遇すれば、まず助からなくて、そのままダークウルフの胃袋行きと噂されている。

 幸いなのは希少な魔物だという事だけれど、最近この辺りに出没しているらしい。


 ちなみに、お兄様とはまだ会えていない。

 もう帝都に着いていてもおかしくない頃だから、心配になってしまう。


 念のために港で船の状況を確認したい。


「港に寄ってもいいかしら?」


「もちろん。お兄さんのことだよね?」


「うん。大丈夫だと思うけど、心配で……」


 お兄様は私よりも強いから大丈夫だと思うけれど、それでも心配になってしまう。

 旅というのは本当に危険なのだから。


「それなら、今すぐ行こう」


 クラウスがそう言ってくれたから、依頼よりも先に港に向かう私達。

 その時、ちょうど港に一隻の船が入ってくるところだった。


「すみません、あの船はどこから来たか分かりますか?」


「ああ、あれはアルベールからの船ですよ。お迎えですか?」


「はい、そんな感じです。

 教えてくれてありがとうございました」


 軽く頭を下げてから、少し離れたところで待つ私。

 それから一時間ほど過ぎて、ようやく下船が始まった。


 今は男装中だから、もしお兄様が乗っていても気付いてもらえないかもしれない。

 だから、しっかり見ておいた方が良いわよね……。

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