46. 発見がありました
屋敷に戻る途中、突然馬車が止まってしまった。
気になって御者台の方を見てみると、子供が転んでいる様子が目に入る。
「我々の馬車をに驚いて転んでしまったようです。救護するので、少しお待ちください」
どこの国でも同じことだけれど、道を歩く人よりも貴族の馬車が優先される。
けれど、目の前の女の子は何かに夢中で気付くのが遅れて、慌てて避けようとしたら転んでしまったという様子。
まだ起き上がれていないみたいだから、心配になって私も馬車を降りる。
「起き上がれるかな?」
今は男装中だから、男の子のような声を作って話しかける。
「ぅ……」
「傷、治してあげるから見せて貰えるかな?」
「うん……」
ようやく起き上がってくれたから顔を見てみると、鼻の頭を擦りむいてしまっているのが分かった。
鼻の頭をぶつけると凄く痛いのに、この子は目に涙を溜めても泣いてはいない。
「少し痛いかもしれないけど、我慢出来る?」
「うん……」
頷いてもらえたから、治癒魔法で傷を塞いでから、水魔法で軽く濡らしたハンカチで血を拭う。
ちなみに、治癒魔法は軽い怪我を治す時に痛みを伴うこともあるから、事前の確認は大切なのよね。
幸いにも今回は痛みが出なかったみたいで、今にも泣き出しそうだった表情が柔らかなものに変わっていた。
「綺麗に治ったよ。見てみる?」
「うん!」
元気そうな声が返ってきたから、持ち歩いている手鏡を見せる。
すると、安心してくれたみたいで、笑顔を見せてくれた。
「お兄さんありがとう!」
「どういたしまして。今度は転ばないように気をつけるんだよ?」
「うん、分かった!」
女の子が去っていくのを見届けてから、馬車に戻る私。
この後は何事もなく無事に侯爵邸に着くことが出来たから、そのまま玄関の扉を開けた。
「シエルさん、クラウスさん。お帰りなさい。
実験は成功しましたの?」
中に入ると、出迎えてくれたフィーリア様から声がかけられた。
戻ってくる時間は伝えていなかったのだけど……。
もしかして、ずっと待っていたのかしら?
「成功しました。着替えたら詳しく説明しますね」
「ありがとうございます。クラウスさんも、是非ご一緒してくださいね」
フィーリア様から含みのある笑みを向けられた気がしたのだけど、クラウスと私の関係を勘違いしてのことだと思うから、気にしないで階段を上っていく。
私室に戻る途中でグレン様とすれ違ったのだけど、今回も男装に気付かれない。
そろそろ気付いていないフリをしているのか疑問に思ってしまうのだけど、セフィリア様が気付いていないと太鼓判を押してくれているから、今も男装は徹底している。
グレン様が私の男装に気付いた時の反応を見てみたいけれど……。
「十分ほどでお部屋に伺いますね」
「分かりましたわ」
それから少しして、私はグレン様の執務室で魔法の説明をすることになった。
この十分の間でフィーリア様が報告したみたいで、グレン様にも興味を持たれたという事らしい。
「今回改良したのは、このウィンドブラストという魔法です。
魔法式にするとこうなるのですが……見ても分からないと思いますので、順番に説明させて頂きます」
今は男装中だから、男の子の声を作って説明している。
けれど魔法の説明はかなり複雑だから、半分くらい説明したところで喉が痛くなってしまった。
治癒魔法で治したから何とかなっているけれど、男装がバレそうで焦りが出てしまう。
「ゆっくりで構わない。たとえ失敗しても、咎めるような事はしない」
「ありがとうございます」
お陰で、途中でこのやり取りを二回も交わすことになってしまった。
それでも男装に気付かれなかったのは、もう奇跡だと思う。
「一度試しても良いでしょうか?」
グレン様に問いかけられたから、頷く私。
慣れない魔法だからか詠唱付きだけれど、無事に成功した様子だった。
けれど、その直後。
グレン様が私を見る目が変わった気がした。
「シエルさん、私の敵になっている理由を説明してください」
もしかしたら、魔法が向かった先は私だったのかしら?
でも、グレン様と敵対するようなこと、男装を隠していることくらいしか思い浮かばないのよね。
……原因、これだわ。
けれど解決策が思い浮かばなかったから、セフィリア様に助けを求める視線を送ってみる。
「グレン、貴方の鈍感さには笑うしかないわ。
ずっとシエルさんの男装に気付かないだなんて、笑いを堪えるのがどれだけ大変だったのか、分かるかしら?
でも安心して。貴方のそんなところも愛しいと思っておりますから」
「男装? どういうことだ?」
セフィリア様の唐突な惚気に戸惑ってしまう私。
グレン様も戸惑っているみたいで、何度も視線を私とセフィリア様の間で往復させている。
「シエルさんは女性よ。私の指示だけれど、ずっと騙されていたことにもなるわ。
だから魔法が反応したのよね、シエルさん?」
「ええ、そうなりますわ。
グレン様、今まで隠していて申し訳ありませんでした」
話を振られたから、男の子の口調を止めて、普段の令嬢としての立ち振る舞いに切り替える私。
するとグレン様は目を見開いて、大慌てで顔を隠す。
今度は何か失態を思い出したみたいで、天井を仰ぎ見て額を抑えていた。
「そうか、女性だったのか。つまり、出会ったばかりに私が触ろうとしていた胸は……」
「
「あの時は申し訳なかった」
私が事実のみを告げると、深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にするグレン様。
あのことは未遂に終わったから気にしていないけれど、彼にとっては
「貴方、そんなことをしていたの?
私では不満なのかしら?」
「いや、あまりの精巧さに興味が湧いただけだ。
本物だと知っていたら興味すら持たなかった」
汗を額に浮かべて、必死の様子で取り繕おうとするグレン様。
セフィリア様はこの状況を楽しんでいるみたいだから修羅場では無いのだけど、少しだけグレン様が可哀想に思えてしまう。
「良かったですわ。不満になったら、いつでも触っていいですからね?」
「そんな欲は消えているのだが……」
落ち込んでしまったグレン様が少し変わったお方だというのは前から気付いていたことだけれど、セフィリア様も大概かもしれない。
その事に気付いたら、この状況が面白く思えてしまって、表情を取り繕う私だった。
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