50. 他国で重宝されるそうです

 密談のあと、お兄様はグレン様と二人きりで別室に籠ってしまった。

 使用人さん達の動きを見ていたら、二人の会談は元々約束していたものだと分かるから、お兄様の用意周到さに感心してしまう。


 国が違っても関係を築いておく利点は多いから、こういうことも大事なのよね。


 そんなわけで、今の私はクラウスとお茶会という名の作戦会議中だ。


「まさか、こんな形で邪魔が入るとは思わなかった」


 呆れ顔のクラウス目の前には、山のように積まれた大量の恋文。

 中身を見たのは十通ほどだけれど、どれも彼と関係を持とうとするものだったらしい。


 私の前にも同じように積みあがっているから、話をしながら目を通しているのだけど……。


 半分は私の容姿ばかりを褒めるもの。もう半分は侯爵家との繋がりを持ちたいという思惑が見え透いているもの。

 こんな人達と関係を持つ気はない上に、今は正直誰かに恋をするような気分でもない。


「こんな風にアピールしても逆効果なのに……」


「本当にその通りだよ。呆れて残りを読む気になれない」


 だから対策をした方が良いのだけど、思い浮かんだのは誰かと婚約していると嘘をつくこと。

 けれど調査力に優れている貴族達が相手だから、嘘だと気付かれるのも時間の問題だ。


「誰かと婚約していることにすれば止められると思うのだけど、簡単には騙せないわよね」


「ああ、その手があったか。

 二人も協力者を得るのは難しいだろうから、俺とシエルで婚約している体にしよう」


「好奇の目で見られることになるわよ?」


 きっと私は侯爵家の名を利用しての婚約だと後ろ指を指されることになると思う。

 クラウスは元平民と婚約した「見る目無しの男」だと評されることになりそうだから、少し心配なのよね。


 今も一緒に行動することが多いから、偽装を疑われることは無いと思うけれど……。


「そもそも依頼が終わったら帝国の社交界からは抜けるのだから、気にする事は無い。

 シエルの方こそ大丈夫なのか? 好きでもない男と偽装とはいえ婚約することになるのだぞ?」


 暗に他の方法を考えた方が良いのではないかと提案されたけれど、仲の良い人と婚約者を演じる方が幸せに違いない。

 それに……細かいことにも配慮してくれるクラウスとなら本当に婚約しても良いと思っているから、婚約偽装が一番私にとっては都合が良い。


「クラウスのことは好意的に見ているから、問題無いわ」


「そうだったのか……」


 彼は少し戸惑った様子を見せてから、右手を差し出してきた。


「偽装だけど、婚約者としてよろしく」


「ええ。こちらこそ、よろしく」


 私も右手を重ねて、握手を交わす。

 偽装だから書類のサインはしていないけれど、明日からは婚約者同士として振る舞うことになるのよね。


 婚約者同士って、どんな振る舞いをすればいいのかしら?

 思い返してみたら、王太子と婚約している時は距離があったし、そもそも相手にもされていなかったから、どう振る舞えばいいのか分からない。


「……ところで、普通の婚約者同士って、どんな感じで過ごしているのかしら?」


「……分からないな。結婚から逃げ続けていた代償がここで出てくるとはね。

偽装は諦めて、闇魔法で誤魔化すか」


「それは駄目。ただでさえ闇魔法は忌避されるのだから、最悪処刑されてしまうわ」


 あれだけ忌み嫌われている闇魔法を恋文の送り主全員にかけるとなると、良くて鉱山送り、最悪の場合は処刑されてしまう。

 だから絶対に避けた方が良いと思っていたのだけど、クラウスはそう考えていないらしい。


「闇魔法が忌避されているだって?

 確かに使い方次第では危険な魔法だけど、精神を病んだ人を救える唯一の手段なんだから、重宝されても避けられはしないよ」


 クラウスの居た国では闇魔法は光魔法と同じくらい重宝されていたらしい。

 確かに、冒険者の中でも魔物の動きを阻害できる闇魔法使いは重宝されているという噂は聞いたことがある。


「そうだったのね。アルベールでは闇魔法は禁忌とされていたの。

 人を操れることが理由で、魔女狩りの時には真っ先に処刑されていたわ。王族と聖女様は例外だったけれど」


「アルベールの王家が反逆されることを恐れて、敢えてそういう風に国民を洗脳している可能性はあるな。

 シエルは不思議に思わなかったのか?」


 指摘されて、初めて王家の立ち位置がおかしなことに気付いた。

 あの王家なら、反逆を恐れて闇魔法使いを迫害していてもおかしくない。


 アルベール王国の貴族は全員、五歳から六歳の間に魔法の適性検査を受けることになっていて、そこで扱える属性を王家に把握されることになる。

 それなのに貴族には闇魔法の使い手が私以外居なかった。


 私が聖女と認められなかったら、消されていたに違いない。そう考えると恐ろしいわ……。


 婚約解消の後に消されなかったのは、私にかけられた幻惑魔法の効果が永遠に続くと思われていたらしい、

 今気付いて解呪したけれど、気付かなかったらと思うと怖くなってしまう。


「言われて、初めて不思議に思ったわ。

 あの王家から離れて正解だったみたいね……」


「ああ。シエルが生きていて本当に良かったよ」


 クラウスも私と同じことを考えていたみたいで、険しい表情になっている。

 でも、国を出た私には関係の無いことだから、お兄様に助言するだけに留めようと思った。

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