51. 相談の結果
闇魔法のことを話していたら空気が重くなってしまったから、相談出来そうな人を探しに屋敷の中を回ることに決める私。
提案してみたらクラウスは快諾してくれたから、早速部屋の扉を開けて廊下に出る。
「とりあえず、セフィリア様を探そう」
「分かったわ。私室に居るかしら?」
まずはセフィリア様の私室に向かったのだけど、侍女さんから別棟に居ると言われてしまった。
別棟はフィーリア様のお兄様――クリス様と結婚相手の方が暮らしている。
だから少し気が引けるのだけど、とりあえず様子を見ることに決めた。
「なんだか楽しそうね」
少し離れたところから別棟の様子を伺っていたのだけど、テラスから談笑する声が聞こえてくる。
セフィリア様とクリス様夫婦にフィーリア様、それから私が会ったことの無い殿方――絵姿だけは見たことがあるクリス様の姿が見えたから、気付いてもらえないかと手を振ってみる。
するとセフィリア様が最初に気付いてくれて、振り返してもらえた。
「とりあえず、玄関まで行こう」
「ええ」
クラウスの提案に頷いて、玄関に向かう。
いつものことだけれど、クラウスは私の歩幅に合わせてくれるから、慌てて後を追いかける事にはならない。
「どうぞ入ってください」
玄関に着くタイミングで扉が開けられて、セフィリア様から声をかけられた。
少し視線を横に移せば、クリス様の婚約者様が笑顔で出迎えてくれている様子も目に入る。
嫌がられている空気は皆無で、むしろ歓迎されている感じだから、軽く頭を下げてから中に入った。
別棟に入るのは初めてだから、視界に飛び込んでくるもの全てが新鮮で、興味を
私達が住まわせてもらっている本棟よりも調度品の数は控え目だけれど、そのお陰で落ち着いた空間になっている。
ここも居心地が良さそうね……。
そんな感想を抱いている間にテラスに辿り着いて、空いていた席に座るように促された。
それから少しして、侍女さんにお茶を出してくれている間に、私は本題を切り出すために口を開いた。
「相談したい事があるのですけれど、大丈夫でしょうか?」
「ええ、もちろんですわ」
「婚約者と一緒に居る時に、どのような振る舞いをすれば良いのでしょうか?」
私がそう口にした瞬間、この場の時間が止まったかのような錯覚に陥ってしまう。
地雷を踏み抜いてしまったのかと心配になってしまったけれど、どうやら私の相談事に驚いただけみたい。
驚いている様子なのはセフィリア様とフィーリア様だけ。けれど誰も口を開こうとしないのは不思議だわ。
「シエルさん……誰と婚約しましたの?」
緊張が走っていたけれど、先に立ち直ったフィーリア様の一言で和らいでいく。
「婚約はしていませんわ。恋文が大量に届いてしまったので、対策として婚約者が居ると偽装することにしましたの」
「どなたに協力を願いましたの?」
少し身を乗り出しているフィーリア様は、この手の話題がお好きらしい。
つい十数秒前の驚いた表情はどこかへ消えて、今は笑顔が覗いている。
「クラウスですわ。この作戦も彼と決めましたの」
ただ……どのように振舞えば婚約者同士に見えるのか分からないので、教えて頂きたいのです」
「状況は理解しましたわ。
……お母様、何か案はありませんか?」
少し悩んだフィーリア様が出した答えは、セフィリア様に丸投げするということだった。
フィーリア様はお互いに好きになった人と婚約していて、投獄を期に婚約解消になっていたのだけど、彼女を信じていた婚約者様は他の人に靡くことなく待ち続けていた。
今は再び婚約する方向で家同士の合意があったそうだけど、まだフィーリア様の疑いが晴れていないから、公表はされていない。
「クラウスさんにエスコートの練習をさせれば、完璧だと思いますわ。
二人とも仲は良いですから、作法さえ身に着けていれば隙も無くなるでしょう」
「ありがとうございます。
使用人さんの中で、クラウスの先生を務められる方はいらっしゃるのでしょうか?」
目の前で仲睦まじい様子を見せているクリス様夫妻が先生役をしてくれたら完璧だと思うけれど、二人の仲を邪魔するつもりは欠片も無い。
だから使用人さんの中で詳しい人が居ないか質問したのだけど……。
「僕達で良ければ、任されよう」
「シエルさんの先生役は私でも大丈夫でして?」
「私も練習するのですね……」
「女性側の所作も大切ですから、しっかり教えますわ」
エスコートされた経験が殆ど無いからよく分かっていなかったけれど、私も勉強しないといけないらしい。
証拠集めは私が毒を盛られるまで動けないから問題無いけれど、執事に渡す毛生え薬を調合する時間は残るかしら……?
私が家を出る前に比べて、すっかり薄くなってしまった執事の髪が脳裏を
試作品の毛生え薬は、調合してから一時間経つと効果が完全に消えてしまうから、効果が出る洗髪後の時間に合わせないといけないのだから。
そういう理由で、執事がお風呂に入る時間とは被らないように、エスコートの勉強は明日から始めることに決めた。
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