52. 異変
あの相談の後、無事に毛生え薬を調合した私は、執事が安堵の表情を浮かべる様子を目にすることが出来た。
効果が出るまで一ヶ月ほどかかるけれど、これ以上髪が薄くなることは無いと思う。
本当は効果が出るまで何度も使ってもらう方が確実なのだけど、領地のことがあって長居は出来ないから仕方ない。
一ヶ月経っても効果が無かったら、その時は扱い易い毛生え薬を作るつもりだ。
他にもやらないといけない事は沢山あるから、まだ気は抜けないのよね。
そんな風に、これからのことを考えている時のこと。
お風呂に繋がる扉から顔を覗かせた侍女さんに声をかけられた。
「シエル様、お風呂の用意が出来ました」
「分かったわ。ありがとう」
すぐに返事をして、入れ替わるようにしてお風呂に向かう私。
貴族には使用人に身体を洗わせる人も居るのだけど、私は一人で入る方が好きなのよね。
だからエイブラム家が一人で入る習慣だと知った時は安心した。
どこかの王子みたいに異性に体を洗わせる人も居るから本当に世界は広いと思う。
「お着替えはこちらに置いておきますね」
「ええ、ありがとう」
お風呂は基本的に贅沢とされているから、冒険者をしていると中々この心地良い時間は得られない。
公衆浴場もあるけれど、あれはお湯がお世辞にも綺麗とは言えないから、入りたいとは思えないのよね……。
ちなみに、ここのお風呂は魔導具になっていて、少しお湯が冷めても温め直せるから、油断すると長湯してしまう。
あまり長湯し過ぎると侍女さんに心配されてしまうから、今日も早めに出ることにした。
◇
それから二日。
二日ぶりに学院に来た私は、昨日教わったエスコートを実践していた。
離れていても近過ぎても良くないから、絶妙な距離を保ちながら歩いていく。
私とクラウスが婚約しているという偽の情報を昨日のうちに流しているお陰かしら?
私達を狙う視線は見当たらない。
けれど注目されていることに変わりは無いから、気は抜けないのよね。
「ヴィオラ様。お昼、ご一緒しませんか?」
「ごめんなさい。今日は他の方と約束がありますの」
「そうでしたのね。では、また明日お誘いしますね」
今はお昼休みになったばかりで、教室に教科書を置いてから食堂に向かう。
ヴィオラ様に断られてしまったから、今日はアイネア様とフィーリア様、それから私達の四人で席を確保した。
それからカウンターに向かって料理を受け取って、席に戻る。
「いただきます」
いつものように三人揃って食べ始めたのだけど、お肉を口にした時に違和感を覚えた。
この料理を口にするのは二度目なのだけれど、その時に無かった苦みがする。
「苦い……」
注意しないと分からない、ほのかな苦味。けれど、嫌な予感がする。
「どうした? まさか……」
クラウスが心配そうな視線を私に向けながら、そんな呟きをしている。
彼の予想と私の予想はきっと同じ。
この苦みの正体は毒に違いないわ……。
貴族令嬢としては致命傷になるけれど、これを飲み込むわけにはいかない。
だから毒を持ち帰るために用意していた袋に吐き出した。
ちなみに、この袋はスライムから作られていて、水分を通さない優れものだから、持ち帰るまで証拠を保ってくれるはずだ。
「シエル、例の魔法を」
「分かっているわ」
口の中を水魔法で洗ってから、黒幕を探すために作った魔法を使う。
まだ私がフィオナ様を虐めているという噂があまり流れていないから、毒を盛られるのはもう少し先になると思っていたけれど、予想は外れてしまったらしい。
けれど、予想を外しても魔法が外れない事は確認してあるから、食事の見張りをアイネア様にお願いして魔法を追いかける。
「やはり料理人か……」
「ええ。あの一番小柄な人みたい。
覚えられるかしら?」
「ああ、しっかり覚えた。他に協力者がいないか探せるか?」
問いかけられて、頷く私。
黒幕が複数人だった時のことももちろん考えてあるから、すぐに行動に移す。
手順は簡単で、最初に見つけた人のことを味方だと自分に言い聞かせてから、犯人捜しの魔法を起動するだけ。
「こっちよ」
「ああ」
その魔法を追いかけていくと、注文待ちの列に辿り着いた。
ここだと人が多すぎて誰に向かっているのか分からない。
だから、何度も魔法を放ちながら探して行く。
「まさかとは思うが……」
「予想していたことですけれど、貴族も手出しをしていましたのね」
フィーリア様とクラウスが小声で言葉を交わしているのを聞きながら探し続けると、ついに魔法が真っすぐ向かっていく先をようやく絞り込めた。
けれど、このお方が敵だなんて、信じたくないわ……。
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