41. 提案します
「そろそろ下ろして欲しいですわ……」
食堂に入ってもグレン様に抱きかかえられたままのフィーリア様が呆れたような表情で呟く。
けれどグレン様は離すつもりは無いみたいで、すねた子供のように微動だにしない。
「いい加減に離してください……!」
「いだだ、禿げる禿げる! 離すから毛を毟らないでくれ!」
ついに怒ったフィーリア様がグレン様の前髪を引っ張ると、ようやく白旗が上げられた。
私がずっとお話していたから、グレン様はまだ満足にお話出来ていないのよね。
ちなみにフィーリア様は私と同い年の十七歳。
もう成人も迎えているのに抱きかかえるグレン様には、少し引いてしまう。
フィーリア様は中々降ろされない事に怒っているけれど、最初は普通に抱き返していたのよね。
家族や婚約者同士の関係なら、軽いハグは挨拶のようなものだから気にならないかもしれないけれど、横抱きにするのは違うと思う。
でも、家族仲が良いと考えれば悪いことでは無いのかしら?
考えていたら分からなくなってしまった。
「お父様はまだたくさん生えているから大丈夫ですわ」
「そういう問題ではないが……やり過ぎた俺のせいだな」
勝手に悩んで勝手に解決している様子を見ていると、少しだけグレン様が可愛く見えてしまった。
でも、お陰で夕食は明るい雰囲気で進んで、今後の私達の行動についても話し合えている。
解毒薬を用意しておいて、私が毒を盛られるように仕向ける計画を提案して、フィーリア様達に猛反対されたのが五分前の事。
けれど、毒に慣れていない人が命を落とすよりも私が気付いて探れるようにした方が良いという話が出ると、全員の意見が纏まった。
毒は治癒魔法でも治せるから私なら大丈夫だとは思うけれど、明日中にお医者様を待機させた状態で毒を口にすることも決まった。
次に使われる毒の予想もある程度出来ているから、その全てを順番に試していく。
「本当に良いのか?」
「うん。全部飲んだことはあるから、大丈夫だと思うよ」
「飲んだことがある? 普通は毒味をするのだが、アルベールは変わっているな」
妃教育の時、毒を口に含んだ時のことを思い出していると、グレン様は引き気味に答えていた。
他所の国は毒味を徹底するのが普通なのだけど、食器に毒を盛る手口で王妃様が暗殺されそうになって以来、毒に慣れておく対策が普通になったのよね。
毒に弱い人が命を落としてしまう悲劇が起きても、この対策は変わっていない。
今は男装中だから、妃教育の事は話していない。
私の家の評価がグレン様の中で下がったに違いないけれど、今の家には恨みしか残っていないから気にしない。
お兄様が当主の座に就いたら弁明するつもりだ。
「変わっているとは思うよ。
そういう事ですので、納得して頂けますか?」
「納得しました。そこまで自信を持たれていたら、大丈夫でしょう」
グレン様に向き直って問いかけると、ようやく肯定を引き出すことが出来た。
けれど問題は他にもある。
帝国の貴族は学院に通うことが義務になっているから、フィーリア様も明日から学院に行くことになる。
学院の警備が厳しいお陰で武器を用いた暗殺の心配は殆どないけれど、万が一の時に身を護るのは難しい。
フィーリア様も素手での護身術は心得ているみたいだけれど、投獄される直前にはクラスの殆どの人から避けられていたという話を聞いていると、すごく不安になってしまう。
私とクラウスは味方を作れたけれど、フィーリア様は敵だらけなのだから。
「フィーリア様、明日の学院では一緒に行動しませんか?」
「お願いしますわ。一人だと心細かったので、助かります」
この行動が敵を作るかもしれない。
けれど、誰も死なせないためには仕方のないこと。
それに私はいつでも逃げ出せるのだから、嫌がらせを受けても気にせず居られると思う。
「ずっと気になっていたのですが、フィーリア様がフィオナ嬢を毒殺する動機ってあったのでしょうか?」
私が覚悟を決めていると、クラウスがそんな問いかけをしていた。
聞いていた話だと、ずっと嫌がらせをしていてもフィオナ様が消えなくて、耐えかねたフィーリア様が毒殺を選んだという事にされていたはず。
でも、嫌がらせをされていた側が耐えられなくなって人を殺めようとすることだって予想出来たはずだ。
誰かの罪を裁く権力を持っている人の判断なら、偏ってもおかしくないのだけど、誰も疑わないのは不思議だと思ってしまう。
「私がフィオナさんを目障りだと思っていたように見えていたそうですわ。男爵令嬢なんて関わってこなければ視界にも入りませんのに」
「なるほど。投獄を決めたのは誰か分かりますか?」
「最終的に決めたのは皇帝陛下です。それまで意見は割れていましたが、物的証拠が出てきたのが決め手でした」
私の予想通り、議論は起こっていたらしい。
少し考えれば分かるけれど、犯人に目星を付けた後は偽装することだって出来てしまう。
それに……。
「証拠があるから、無罪を主張すると拷問されましたの……」
「それは、また……お気持ちお察しします。
しかし、そうなると真実を明かすのは難しそうですね」
難しい問題に、頭を抱えるクラウス達。
侯爵様の目的はフィーリア様の無罪を証明することだから、適当に証人作ってしまえばいいのだけど、彼の信念を妨げるから使えないのよね。
だから何かしらの黒幕に繋がる手がかりをつかむ必要があるから、余計に難しくなっている。
ある手を使えば、一気に黒幕に近付けるかもしれないけれど、これは嫌われる手法だから避けたいのよね。
「一つだけ方法はあります」
でも、提案だけはしようと思ったから、私は口を開いた。
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