40. 対策を考えます

「失礼しました」


 口を押さえても笑いを堪え切れなかった私は、慌てて侯爵様に頭を下げた。

 けれど、そんな時。私以外の笑い声が聞こえてくる。


 声の元を辿ってみると、セフィリア様が肩を震わしていた。


「笑いたいときは盛大に笑ってもらって構わない」


 寛大な心を見せてくれた侯爵様は悔しそうだけれど、人の出来たお方だと思う。

 残念なところも沢山あるけれど、使用人達にも慕われている理由がここにも出ている気がする。


 ちなみに、逃げるようにして階段を上って行ったフィーリア様の姿はもう見えなくなっていた。

 罪人とはいえ貴族の身だから、投獄中の扱いも酷いものでは無いと想像していたのだけど、違ったらしい。


 侯爵様に抱きしめられていてお顔を見ることは出来なかったけれど、ブロンドの髪はボロボロで、貴族令嬢とは思えない状態だった。

 冒険者をやっていながら、毎日湯浴みが出来ている私には、苦しみは想像出来ない。


 でも、親交が全くない人に関わられても嫌なだけだと思うから、フィーリア様個人について深くは探らないようにする。


「侯爵様。フィーリア様は何故牢から出られたのですか?」


「スカーレット公爵殿が王家に圧をかけてくれたようで、急に解放されることに決まったのだ」


「そうでしたのね」


 スカーレット公爵家といえば、今日の授業でよくお話していたヴィオラ様の家だ。

 詳しく聞いてはいないけれど、フィーリア様のことを心配して圧をかけたのかもしれない。


 けれども、侯爵家が圧をかけている時に解放されなかったから、少し不思議にも思ってしまう。


「確証は無いのですけど、フィーリア様の警護を強化した方が良いと思いますわ。

 おそらく、誰かが命を狙っているでしょうから」


 犯人が分からない以上、目的も分からない。けれど、殺人を犯せば処刑されるから、人殺しの罪を擦り付けることが一番リスクを少なくして確実に出来るのよね。

 もし私がフィーリア様とフィオナ様をこの世から消そうと思ったら、学院のシェフを買収すると思う。


 タイミングを合わせてフィーリア様の荷物に毒を隠しておけば、すぐに入るはずの捜査で発見されて、上手く罪を擦り付けられるはずだから。


「ご心配なく。既に対策していますよ」


「そうでしたか。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありません」


「いや、構わない。同じ考えの人が居て安心した。

状況は全く安心出来ないが……」


 苦笑いを浮かべる侯爵様。

 口調は穏やかだけれど、内心は大荒れに違いない。


 だから、私も曖昧に頷くことしか出来なかった。

 名前で呼ぶようにと侯爵様に言われた時はしっかり頷いたけれど。




 それからしばらくして、私はフィーリア様からお茶に誘われた。

 暗殺の危険があるからテラスではなく、フィーリア様の私室でテーブルの上にお茶やお菓子を広げている。


 警備を強化しているというのは本当みたいで、部屋の入口だけでなく窓の外にまで護衛の姿が見える。


 ちなみに、さっき見た時はボロボロだった彼女の髪は、すっかり艶を取り戻していて、うっかり目を奪われそうになってしまった。

 一体何をどうしたら、あの状態からここまで復活するのか凄く気になる。


 クラウスと二人きりの旅をしていた時、手入れは欠かさなかったのだけど、こんなに綺麗な状態は保てなかったのよね。

 後で侍女さんに教わろう。


 そう決意をしていると、テーブルの向かい側から座るように促された。


「シエルさん。わたくしの無実を証明するために辛い思いをさせてしまって、本当に申し訳ないですわ」


 お互いに向かい合う形で腰を下ろすと、早速フィーリア様が口を開いた。

 久々に貴族らしいお茶会の雰囲気を実感して、さり気なく背筋を伸ばす私。


「お気になさらないでください。この依頼は私の意志で受けていますもの。

 それに、学院も悪いことばかりではありませんわ」


「それでも、無理はなさらないでくださいね。他人の命を奪うようなことはしたくありませんから」


「死ぬようなことはしませんから、ご安心ください。一通りの護身術は覚えていますので」


 今も護衛の目がいくつも向けられていて落ち着かないけれど、どこかの王族と婚約している時の護衛は今以上だったから、気にはならない。

 それにフィーリア様も優しそうなお方だったから、安心してお話が出来る。


「そういうことでしたら、安心して任せられますわ。

 ところで、どうして男装をされていますの? 趣味か何かでしょうか?」


「セフィリア様からお願いされていますの。グレン様が気付くまでは続けますわ」


「そういう事でしたのね」


 頷いてからお菓子を口に含むフィーリア様。

 この後は学院での出来事のお話をしていたら二時間近く経っていた。


 ひとしきり情報共有を終えた後はちょうど夕食の時間になって、フィーリア様と食堂に向かったのだけど……。


「フィーリアああぁぁぁぁ! 父さん、ずっと話したかったのだぞ……!」


 グレン様がフィーリア様を横抱きにするのを目の当たりにして、表情を引きらせてしまった。

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