32. side 賞金を狙う人
シエル達が帝国学院の留学試験に向けて対策を始めてから半月ほどが過ぎた。
王都にあるグレーティア伯爵邸では、以前の賑わいは消えてしまっている。
「リリアはまだ帰ってきませんの?」
「はい。婚約者様のお屋敷で一泊するそうです」
将来の不安から荒れている両親と距離を置くためにと、リリアは殆ど屋敷の外で過ごしている。
しかし娘を愛してやまない伯爵にとって、それは毛根の死滅に追い打ちをかけるようなもの。夫人にとっては毛髪の色素が抜ける原因となっていた。
「本当に相手は大丈夫なのかしら?」
「お嬢様達は、奥様や旦那様と同じ恋しての婚約者ですから、問題は起こらないでしょう。
間違いが起きても、婚約者同士なら問題ありません」
仮に間違いが起きたとしても、婚約者同士なら結婚の時期を早めるだけで済む問題だ。
むしろ、間違いが起こらない方が将来を心配されることが多いアルベール王国内では、醜聞になることは無い。
どこかの王太子と聖女のように、婚約していない状態で間違いを起こせば醜聞もあっという間に広がるけれど、グレーティア伯爵家では無縁と言えた。
「ところで、シエルがリヴァイアサンを倒したと聞いたのだけど、賞金も入っているのかしら?」
「十億ダル程と、今朝の新聞に載っておりました」
「十億ダルですって? それ、当然親である私達に入りますのよね?」
今も勘当せずにいるシエルが大金を手にしたことを思い出し、そんな話題を振る伯爵夫人。
使用人はあからさまに嫌な顔をしていたが、一切気にかけない夫人は言葉を続ける。
「冒険者ギルドだったかしら? 今から行きますわ」
お前も準備しなさいと言わんばかりの圧に、使用人は頭を下げて私室を離れた。
今も長女シエルと長男アレンのみを慕っている使用人は、嫌そうな顔を隠そうともせず、他の使用人達と愚痴話に華を咲かせる。
悲しいことに、良い話よりも悪い話の方が盛り上がるというもので、馬車の容易には一時間を要した。
「遅すぎますわ!」
「申し訳ありません。馬が暴れてしまいまして」
「そんなの、すぐに落ち着かせるのが役目でしょう?
……もういいですわ。すぐに行きますわよ」
そうして馬車に乗り込んだ夫人の頭の中はいっぱいだ。
お化粧のことにドレス、そして毛染め薬のこと。
まだ見ぬ大金のことに頬を染める夫人を待っていたのは、短い言葉だった。
「冒険者にグレーティア家の方はいらっしゃいません。お引き取り下さい」
複雑な事情を持つ人は徹底的に守り抜く。
その方針を内部で掲げている冒険者ギルドは、今後も一切シエルに関する情報をグレーティア伯爵家に流すことは無いだろう。
一方の伯爵夫人は涙をボロボロと流し情報を得ようとしていたが、生死に関する情報でさえも得られずに、みっともない姿を晒していた。
ちなみに白髪は半月前から倍に増えているが、高額な毛生え薬は手に入らない。
同じ頃、王都の屋敷に勤める使用人達は、辞表を纏めている。
彼らが向かうのは、領地にあるグレーティア伯爵邸。
伯爵夫妻がこのことを知るのは、まだ先になりそうだった。
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