26. 封印しました

 お屋敷で荷解きを終えたあと、昼食を済ませた私達は冒険者ギルドに戻っていた。

 大金を手にした後だけれど、私の成長のために依頼を受けることにしたから。


 実戦経験が浅いままランクだけが上がる状態はかなり危険らしいから、魔物を倒さないといけない依頼を受けようと思っている。


「今日はCランクにしよう」


「Dランクじゃなくて大丈夫なの?」


「Dランクは瞬殺だったから、Cで良いと思う」


 クラウスの助言通りにCランク以上指定の依頼を手にとっていく私。

 貴族の中では危険と言われているオークなども入っているけれど、躊躇わずに受けることに決めている。


 これは私が成長するためのものだから、好き嫌いはしたくない。


「それくらいで良いと思うよ。これ以上は終わらなくなる」


「分かった。受けてくるね」


 近くに他の冒険者がいるから、声を変えて返事をする。

 この声を作っていると疲れるけれど、厄介ごとを避けるためだから我慢しないと。




 依頼を受けてからは、乗合馬車で帝都の外れまで移動する。

 王都の何倍にも広がる帝都から歩いて出るのは時間の無駄だから、百ダル払った方が効率が良いらしい。


 今回乗った馬車は王国で馴染みのあった町同士を結ぶものではなく、王都の中を移動するためだけにあるものらしい。

 その割には席が埋まっていたから、それだけ人の往来が激しいのだと思う。


 そんな帝都でも、城壁の外に出れば魔物が多くなっていて、城門の向こうで待ち構えているゴブリンの姿が見える。

 襲ってこなければ見張りの騎士が倒さないのは王国と同じみたいだけど、油断していたら足元を掬われそうだ。


「冒険者の方ですね。どうぞ」


 冒険者カードを見せてから城門をくぐると、早速ゴブリンが襲いかかってきた。

 これくらいの相手なら対応するのも簡単だから、難なく倒せる。


 けれど素材は集めない。ゴブリンの魔石は小さすぎて素材にも魔法に使う時の魔力にも出来ないから。

 集める手間の間に強い魔物を倒した方が良いのよね。


 ちなみに、魔力が詰まっている魔石はどんな魔法でも弾くから、亡骸なきがらごと焼いて取り出すという方法もあるらしい。


「お、ワイバーンが居るな」


 そう言って、一瞬で魔法を発動させたと思えば二体のワイバーンを倒してしまうクラウス。

 私は攻撃魔法の練習中だから真似出来ないけれど、魔石を握りしめて次の標的を探す。


 剣は……今日は使わなさそうね。

 けれど防御力は身体強化の魔法を使っている私の方が高いから、前衛というのは変わらない。


 出会ってからずっと私を気遣ってくれている彼でも、戦闘の時は現実的なのよね。

 適材適所にしないと、全滅する危険だってあるのだから。


「こんな感じだから、残りも倒してみて」


「いきなり無理よ」


「大丈夫。外しても魔石はまだまだあるから」


 あれだけ使ってしまったのに、魔石の在庫には余裕があるみたい。

 その言葉を信じて、即興で威力と効率を高める改変をした光の攻撃魔法を放ってみる。

でも、狙いが逸れて翼の先をかすめるだけに終わってしまった。


 標的に自ら向かうようにする改変も必要みたいね……。


「惜しいな。だが、今のでひるんだ。

落ち着いて次の魔法を撃つんだ」


「分かったわ」


 深呼吸してから魔力を手に込める私。

 今度も狙いは外れそうだったけれど、途中で曲がってワイバーンの首を貫いた。


「今の魔法どうなっている……。まあいいや、あと二体!」


「ええ!」


 頷きながら、もう二回魔法を放つ。

 狙わなくても楽々命中してしまうから、簡単に出来てしまうのよね。


 でも、これだと成長には繋がらない気がするわ……。


「その魔法はしばらく封印した方が良いと思う」


「ええ、そうするわ」


 それからは真面目に魔法を撃ったり剣を振ったり。

 気が付けば倒した魔物の数は百を超えていて、空も茜色に染まっていた。


「まさかシエル一人で依頼を完遂するとは思わなかったよ。最後の方はブラックウルフも一撃で急所だったよね。

 将来が楽しみだ」


 ブラックウルフというのは、素早い動きで攻撃を当てにくいことで知られている。

 けれど、その魔物の動きを予想してみたら、一発目で当ててしまったのよね。


「あれは偶然よ。予想してみたら当たっただけなの」


「多分、次も同じことを言うと思うよ」


 そんな会話を交わしながら、乗合馬車に揺られる私達。

 間もなく冒険者ギルドに着いて依頼の報告を終えたから、そのまま夕食にすることになった。


 けれども、ここは人の多い帝都。

 レストランはどこも長い列が出来ていて、すぐには入れなさそうだった。


「こうなったら俺達で作ろう」


「私、料理なんてしたこと無いわよ?」


 普通の貴族の令嬢は料理なんてしない。

 伯爵家の中では貧しかった私の家でも料理人さんは居たから、包丁に触れる機会さえ無かった。


 元婚約者にプレゼントするクッキーを作ったことはあるけれど、これも料理人さん達の助言があってようやく完成したもの。

 結果は一枚しか食べてもらえなかったけれど、王宮の使用人さん達には好評だったのよね。


 あの時の殿下が言った「手作りなど食えるか!」という言葉は今でも根に持っているのは内緒にしている。

 きっと王太子の舌がおかしいのよね。


 リリアや私を裏切ってくれた両親、それに味方で居てくれている使用人さん達からは公表だったから。

 ええ、どう考えても王太子の味覚が狂っているに違いないわ。



 ……嫌な思い出を追い払っていると、クラウスがこんな言葉を口にしていた。

 

「俺が教えるから大丈夫だ。失敗しても笑って見過ごすよ」


「それなら、頑張ってみるわ

 ……ちょっと待って、馬鹿にするつもりよね?」


「そうと決まれば食材調達だな。市場が近くにあるから、そこに行こう」


「無視しないでもらえるかしら?」


「とんでもない失敗をする未来しか見えないだけで、馬鹿にはしないよ。

 失敗は誰でも通る道だからね」


 そんなことを言われたから、失敗しないでクラウスを見返す決意を固める私だった。

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