27. 厄介な依頼でも
クラウスを見返す決意をしてから一時間ほどが過ぎた頃、私は初めて厨房で包丁を握った。
レストランの列は数人しか進んでいなかったから、これで正解だとは思うのだけど……。
「着る時は指を伸ばしたらダメだ。こんな風に丸めて」
「こ、こうかしら……?」
「そうそう。さっき見せたみたいに、包丁の腹を手のここに添えて……」
クラウスの動きを真似ながら、恐る恐る野菜に刃を入れていく私。
彼はものすごい速さで、オレンジ色で円錐に似た形の野菜を薄く切っていたけれど、私が切ったものは厚くなってしまった。
「これの半分を目指そう」
「む、難しいわ……」
結局、私が包丁を握っていた時間はわずかで、殆どクラウスにお願いすることになった。
その代わりに炒めるのは私が全てやってみて、失敗せずに終えることが出来た。
「疲れたわ……」
「一週間くらい続けたら慣れると思うよ。シエルなら三日もかからないかもしれないけどね」
呑気にそんなことを言いながら、焼いているパンケーキをひっくり返そうとして、失敗するクラウス。
「あ……。見なかったことに」
間抜けな声に続けて、焦るような悔しがるような懇願が聞こえてくる。
でも、見てしまったものは忘れられないから、お断りしたい。
「しっかり覚えておくわ」
「明日は成功して見せる」
「明日は私が挑戦するから、明後日にしてもらえるかしら?」
雑談を交わしながら盛り付けを終えて、食堂にしている部屋に運んでいく私。
初めて自分で作った料理は、シンプルなのに今までで一番美味しいと思えた。
◇
それから三日後。
すっかり料理にも慣れて、私一人でも最初から最後まで作れるようになった。
けれど食事を作るのはクラウスと役割分担を決めているから、負担が偏ることも無くなった。
パンケーキをひっくり返すのは私もクラウスも成功していなくて毎回形が崩れている以外は、すごく満足出来ている。
「今日の依頼は……」
「ここにも貴族に関わる依頼があるのね。報酬もすごいわね」
「中身は厄介だけどな。受けてみる?」
依頼の内容は、帝国学院に貴族として潜入して、依頼者の娘さんが冤罪をかけられて婚約破棄された原因を調べること。そして冤罪だという証拠を集めることも書かれている。
どう見ても厄介事なのだけれど、他人事には思えなくて手が伸びてしまう。
「私達が受けなかったら、そのままよね?」
「そうだろうな」
依頼を詳しく見ていると、「貴族の儀礼作法が分かる者」と条件が書かれているから、これだけでも受けられる冒険者は限られると思う。
帝国の貴族は私が暮らしていたアルベール王国よりは嫌われていないけれど、平民からは避けられることに変わりはない。
そういう事情だから、尚更見捨てられないのよね。
「協力してもらえるかしら?」
「もちろん」
問いかけると肯定が返ってきたから、その依頼を手に取って受付に持っていく。
依頼に視線を落とした受付の人は驚いた顔をしていたけれど、すぐに忠告をしてくれた。
「本当に大丈夫ですか? これは他の依頼と違って一筋縄ではいきませんよ?
不敬罪で捕まる可能性だってあります」
「分かっていますから、大丈夫です」
今言われたのは、私たちも理解していること。
礼儀作法はアルベール王国と全く同じだから、不敬罪に問われるような事もないと思う。
クラウスも食事中の所作を見ていたら高位の貴族そのものだったから、心配は要らないはずだ。
「そうでしたか。それでは、この紙を持ってエイブラム侯爵邸に向かってください」
受付の人から手渡された紙を落とさないように鞄にしまって、冒険者ギルドを後にする私達。
帝国貴族は王宮に職を持っている事がほとんどで、平日は屋敷にいない事が多い。
だから、エイブラム侯爵邸には明日の休日に行くことにして、今日も魔法と剣の練習に向かう私達だった。
攻撃魔法はまだ三滴くらいの水しか出せないけれど、少しずつ増えているのは分かる。
だから諦めずに頑張ろうと思えた。
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