8. side 狂い始めた歯車
シエルが朝食を楽しんでいる頃。
グレーティア伯爵邸でも朝食の時間が訪れていた。
次女リリアと次男レイフ、それから二人の両親が広いテーブルを囲って会話を進めていた。
笑顔の両親に対して、リリアとレイフは寂しげな視線を昨日まではシエルが座っていた席に向けていて、昨日までの明るさは少しばかり下がっている。
「リリア、そんなに宝石が欲しいなら、私が買ってあげよう。だから落ち込むな」
「宝石が理由ではありませんわ」
見当違いのことを口にした父親を睨むリリア。
レイフもまた、父親に恨めしそうな視線を向けた。
(どうしてお姉様が追い出されないといけないのよ。もっと色々教えて欲しかったのに……)
(シエル姉様を金蔓としか見てないのに、心配するなんてどういうつもりなんですか? どうせ僕のこともリリア姉様のことも……)
表向きでは仲の良い家族だった。
けれど、昨日の一件で父が信頼を失ったのだ。これからどうなるのかは想像に難くない。
(私が我儘しなかったら、お姉様は追い出されなかったの……?
もしそうなら、私はなんてことを)
リリアは後悔もしているけれど、一方の両親は後悔なんて欠片もしていなかった。
それどころか、とんでもないことを言い放った。
「旦那様、シエルお嬢様が賞金首を捕えたそうで、今は衛兵団が預かっています」
「ほう。最後に謝罪しようとしているのだな。後で回収しに行くぞ」
「承知しました」
壁際で控えている侍女達が一瞬だけ睨みつけたことに気付かないまま、大急ぎで朝食を口に運ぶグレーティア伯爵。
その様子に、リリアもレイフも、必ず自らの意志で家を出ることを決意する。
「よし、今から行くぞ!」
そうして詰め所に入った伯爵に告げられたのは「賞金なら本人に返しました」の一文だけ。
慌てた彼はシエルが向かった方向を聞き出して馬車に飛び乗り、大急ぎで後を追う。
頭の中にあるのは、娘なら家族のためにお金を入れて当然という、ここアルベール王国の貴族にのみ通用する常識だけだ。
一歩国外に出れば通用しない常識だが、もちろんそのようなことは頭に無い。
御者台とやり取りするための窓から前を見つめ、血眼でシエルを探す様子は傍から見れば気が狂っている人そのものだ。
「あの白いドレスがシエルだ。後を追え」
「はい」
もっとも、機転を利かせたシエル達を追って路地裏に入るような気狂いはしていなかったが。
あまりの必死さに、事情を知らない御者はシエルが誘拐されたものと考えて、大慌てで伯爵を馬車に投げ込み、屋敷へと馬を走らせた。
「は……? シエルお嬢様は旦那様が追い出した?」
「嘘は言っていない。この目で見た。
侍女達も見ていたから聞けばいい」
「信じられませんね……」
絶句する御者に頭を抱える家令。
そして隠密を通してこのことを知り、
グレーティア伯爵夫妻の歯車は、まだ狂い始めたばかり。
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