7. 一番恐ろしい人達

「本当に奢ってもらって良いのかしら……?」


「これくらい大した事ではない。それよりも、冒険者になるのだったら、もっと食べて体力をつけて貰わないとな」


 そう口にするクラウスさんの前に並べられているのは、三人分の朝食だ。

 私は一人分でも多いと感じているくらいなのに、彼の胃袋はどうなっているのかしら?


 不思議に思いながら、白いパンに手を伸ばす。

 パンには二種類あって、硬くて美味しくない黒パンと、私達の前にある柔らかくて美味しい白パン。後者の方が貴族に好まれていることはもちろん、作るのにも手間がかかるからお高くなっている。


 それを四人分。平民なら卒倒するくらいの金額になってしまう。


「そうだったわ。でも、これ以上は食べきれないわ」


「冒険者をやっていれば自然と食べるようになる」


 そんなに食べて太らないか心配になるけれど、クラウスさんの体格を見ていれば杞憂に終わりそう。

 彼は本当に冒険者なのか不思議に思えるほど引き締まった体躯だから。


 だから、きっと大丈夫。


「そう。早速本題なのだけど、冒険者になってパーティーを組むことになったら、私は何をすればいいの?」


「前衛をお願いしたい。俺は剣より魔法の方が得意なんだ」


「私は攻撃魔法を使えないから、その条件で構わないわ」


 戦闘になれば前衛の方が怪我をする危険が多くなるけれど、生活のためだから仕方のないこと。

 怖いけれど、ここで怖気づいていたら奪われる生活に逆戻りだ。


「報酬は半分ずつ折半で良いか?」


「ええ。でも、そんなに貰って良いのかしら?」


 剣術の嗜みはあるとはいえ、あれは対人戦前提のもの。魔物相手となると私は初心者で足を引っ張る未来しか見えない。

 だから少し申し訳ないと感じてしまう。


「均等が一番平等だろ。装備やポーションは高いからな」


「そういうことね」


「あと、宿は二部屋以上空いていたら二部屋借りるが、無かったら俺が床で寝る。

 前衛はしっかり身体を休ませないと戦いにならなくなるからな」


 私が優遇されすぎている条件に、少し引いてしまう。

 これでは私がクラウスさんの休養を奪っているみたいだ。


「ベッドは交代で使いましょう。

 私だけ楽するのは嫌です」


「分かった。

 装備代は最初だけ俺が出そう」


「大丈夫ですわ。賞金がありますから」


 あの賞金は放っておいたら、お父様が目を付けて親の権利と称して盗っていきそうなのよね。

 こういう予感は当たることが多いから、すぐに回収した方がいいかもしれない。


 だから、自分で買うと提案してみた。

 装備なら持ち歩いていても問題無い上に、人攫いや強盗への牽制にもなる。


「ああ、そういうことか。分かった。

 それで、パーティーは組んでもらえるか?」


 私の考えていることを察したのか、王宮の方を一瞬だけ睨むクラウスさん。

 それからすぐに、不安そうな視線を私に向けてきた。

 

「最初は足を引っ張ると思うけれど、それでも大丈夫かしら?」


「もちろん。一緒に成長していこう」


「ありがとう。これからよろしくお願いしますわ」


「ああ、よろしく」


 私が手を差し出して握手を求めると、クラウスさんも頭を下げながら手を握ってくれた。

 これで無事に交渉成立なのだけど、冒険者になるためにはまだ手続きが必要らしい。


「そうと決まればまずは武器からだな。防具は装備しない人もいるが、武器は持っていないと登録出来ないんだ」


「分かったわ。武器ってどれくらいかかるかしら?」


「安い物でも十万ダルだ。一応、賞金全部持っていた方がいいと思う」


 そう言われたから、衛兵の詰め所に戻って賞金を受け取る私。

 一応中身が分からないような袋に入れているけれど、強盗に見つからないか心配だ。


 けれど、強盗よりも恐ろしい人に目を付けられた気がした。


「追われてるわ……」


「あの馬車か?」


「ええ」


 後ろから迫ってくる貴族の馬車――グレーティア伯爵家の紋章付きほど今の私にとって厄介な存在は居ない。

 強盗や人攫いなら怪我をさせてしまっても問題無いけれど、貴族に怪我をさせてしまえば牢屋行きだから。


「家族だから賞金を狙っているに違いないわ」


 賞金を受け取るのが少しでも遅れていたら、お父様の権限で全て取られていたと思う。

 先に動けて良かったけれど、ものすごい勢いで迫ってくる馬車を見ていたら背筋に冷たいものを感じてしまった。


「一旦路地に入ろう」


「分かったわ」


 路地の中は貴族なら入らない方が良いと言われている。

 裏社会の人達のテリトリーだから、何をされるか分からないのだ。


 でも、裏社会よりも貴族の方が恐ろしいことくらい、私でも分かる。

 躊躇なんてする理由は無かった。


「何とか逃げ切れたようだな」


「そうね」


 私達を見定めるような視線を感じるけれど、お父様が追いかけてくる様子は無い。

 けれど何かもめるような声が聞こえてくる。


「旦那様、ここから先は危険です! どうか屋敷にお戻りください!」


「いや、シエルが危険なんだぞ!?」


「追い出しておいて今更心配ですか? 都合が良すぎますよ」


 ……使用人さん達には感謝しないといけないわね。

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