6. 一年だけなら暮らせます

 翌朝、私は衛兵の詰め所で朝を迎えた。

 昨日は夜中まで取り調べを受ける羽目になって、危険だからと泊めてもらえたから。


 夜遅くまでの取り調べは辛く見えるかもしれないけれど、夜遅くまで王太子殿下の仕事を片付けていた時よりは楽で楽しかった。

 それに、あの人攫い達は手練れで衛兵でも対応しきれなくて困っていたらしい。


「本当に頂いて宜しいのでしょうか?」


「ええ、当然でございます。賞金首を捕えて頂いたのに渡さなかったら、我々の面目に関わります」


 その言葉に続けて、金貨を受け取るように促される。

 金貨は一枚で一万ダル。それが百枚あるらしい。


 質素に過ごせば一年は暮らせる金額だから、恐る恐る手を伸ばそうとして、気付いてしまった。


 この量の金貨はポケットに入りきらないわ……!

 収納用の空間魔法もあるけれど、私の魔力量では維持できないから悩んでしまう。


 それに、お金を預けておける銀行の口座は爵位を持っていないと作れないから、持ち歩くしか選択肢が無い。


「分かりましたわ。でも、持ち運ぶ方法が無いので少し待って頂けないでしょうか?」


「何か複雑なご事情があるんですね。では、我々の方でその時までお預かりいたします」


「ありがとうございます」


 今日の昼食のために金貨一枚だけ受け取って、残りは預かってもらってから詰め所を後にする。

 私と証明する血判を押すために針を突き刺した指が痛むけれど、気分は今の空のように澄んでいた。




 けれど昨日の夜から何も食べていないせいで、お腹が悲鳴を上げてしまったから、商店街に足を向ける。

 その時だった。


「少しお話したいことがあるので、付き合ってもらえませんか?

 朝食は驕りますから」


 あの赤い瞳の方から、朝食に誘われた。

 このお方は何かを狙っている様子なのだけど、危険な香りはしないのよね。


 だから誘いを受けるか迷ってしまう。


「俺は冒険者をやっていて、前衛で戦える人を探しているんです。

 ぜひ、パーティーを組んで頂けませんか?」


 言葉に詰まらせていることに不満を感じたのか、迷っていると、言葉が付け加えられる。


「パーティー? どこでお祝いを開くのですか?」


「チームと言った方が分かりやすかったでしょうか? 仲間にならないかという体案です。

 貴方は強い。だから冒険者をするのが一番お金に困らないと思いますよ」


 パーティーにチームという意味があるのは知らなかったけれど、冒険者の立場はある程度把握している。


 冒険者というのは便利屋のようなもので、冒険者ギルドを通して魔物の討伐や薬草の採取といった危険な依頼をこなしていく仕事だ。

 命を懸けているから待遇はかなり良い。


 貴族の三男四男でも冒険者を目指す人が居るくらいには人気の職業だ。

 そして独自に戦力を持っているのと等しい冒険者ギルドは色々な国で発言力を持っていて、教会をも凌ぐほど。


 王家でも冒険者ギルドとの交渉は慎重に行う必要があるから、陛下は扱いに困っていると愚痴を聞かされていた。


 もっとも、冒険者は気性の荒い男性が多いから、女性が一人で立ち入るのは危険だと言われている。

 礼儀については厳しいみたいで、チームを組んでいればトラブルに巻き込まれることは殆ど無いというのもよく知られていることだ。




 そんな冒険者になるというのは、チームさえ組めたら今の私にとって利点ばかり。

 欠点と言えば命を危険にさらすくらいだけれど、このまま仕事が見つからない方が危険だから、誘いを断る理由は今のところ無かった。


「そういう事なら、まずはお話だけお聞きしますわ」


 私がそう答えると、赤い瞳のお方は満面の笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます。

 お店は貴女の好みで構いませんから、行きましょう」


「分かりましたわ」


 返事をしてから、気に入っているお店に足を向ける私。

 赤い瞳のお方は私の斜め後ろから後を追ってきていた。


「お名前を伺っても宜しくて?」


「ああ、まだ名乗っていませんでしたね。

 俺はクラウスと言います。貴女は?」


「シエルと申しますわ」


「家名は名乗らないんですか?」


「ええ、家を追い出されてしまいましたから」


 きっと私の財産狙いで勘当はされていないと思うけれど、お兄様が当主になるまで家名を名乗るつもりは欠片も無い。

 だから、追い出されたことを理由に誤魔化しておく。


「そうですか。それなら、平民同士らしく、敬語は止めないか?

 ただでさえ貴族は狙われるんだ」


「ええ、そうね。これで良いかしら?」


「ああ、助かる」


 他人と砕けた口調で話すのは慣れないけれど、襲われないようにするためだから、違和感を我慢して敬語を封じる私。

 もっとも、クラウスさんは高位の貴族らしい所作を見せているから、見る人が見れば分かると思う。


 私だって染みついた所作を変えるのは難しいから、これだけは無理なのよね……。


「ここ、安くて美味しいと評判なの。大丈夫?」


「安いなら大助かりだ。節約は生活の基本だからな」


「ええ、そうですわね……そうね」


 うっかり敬語が出てしまって、言い直す私。

 その様子が面白かったのか、クラウスさんはお腹を抱えて笑い始めた。


「言い直しても意味ないって……ッ……」


「何が面白かったのよ……」


 ちょっと理解出来ないけれど、無防備に笑う様子を見ていたら怪しい人ではないと思えた。

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