5. もう奪わせません
「シエル、何故帰ってきた?
お前はもう我が家の役に立てないのだから、養われる理由など無いだろう?」
お父様と目が合うと、そんな言葉が飛んできた。
やっぱり、お父様は私をお金稼ぎや他家と繋がりを得るための道具としか見ていなかったらしい。
悲しいけれど、これは貴族としては正解なのよね……。
家同士の繋がりを得なければ存続は難しいというのは理解しているから、そこについて文句を言うつもりは無い。
伯爵令嬢と自覚している時点で割り切っていたことだから。
でも、お金稼ぎの道具と見られるのは違うと思う。
お金なんて上手く領地経営をすれば済むお話なのだから。
きっと、家に留まっていてもまた奪われるだけ。
そう思ったから、すぐにお金になりそうなアクセサリーを回収して逃げ出そうと思った。
マリーには申し訳ないけれど、話せば分かってくれると思う。
「分かりました。出ていきますわ」
そう口にして階段を登ろうとしたのだけど、後ろから追いかけて来たお父様に肩を掴まれた。
「何を盗っていくつもりだ? お前に渡す物など無い。
さっさと出ていけ」
予想していなかった行動に、言葉が出せない。
初めて、お父様を怖いと感じてしまった。
「旦那様、あんまりです! 薄手の部屋着のまま外に出したら、大変なことになります!」
「我が家を裏切ったのだ。当然の報いだろう?
一人でも生きていけるように護身術は叩き込んである。生き延びることくらい出来るだろう」
恐怖で声が出ないまま抱えられる私に代わって、マリーが声を荒げてくれている。
他の侍女達もお父様に怒りの籠った視線を向けていた。
けれど、お父様は気にも留めずに冷たい言葉を放つだけ。
血の繋がった親子なのに、こんな冷酷な態度を取られるとは思わなかったわ……。
「裏切ったのはお父様の方ではありませんか……」
「そう思うなら、やはり我が家には居させられん。今すぐに出ていけ」
結局、私はそのまま屋敷の外に捨てられてしまった。
まさか階段にポイっと投げられるとは思わなかったから、受け身も取れずに背中を痛みが襲う。
何度も治癒の魔力を痛む場所で回して怪我を治すことは出来たけれど、簡単に捨てられたショックで胸が痛む。
バタンと大きな音を立てて閉められた扉を開けようと思っても、すでに鍵をかけられた後だった。
(仕方ないわ。この指輪を売って凌ぎましょう……)
もう日が暮れそうな時間だから宝石商が閉まるまでに行動しないと、野宿する羽目になってしまう。
家は出るつもりだったから、お兄様が領主になるまでは二度と戻らないことを心に決めて、塀をよじ登った。
◇
「これは……偽物だね。千ダルなら買い取るけど、どうする?」
あれから少しして、王太子殿下からのプレゼントで身に着けていた首飾りを売ろうとしたのだけど、庶民のパン十個分と変わらない金額を提示されてしまった。
ダイヤモンドに見えた宝石は、精巧に作られたガラス細工らしい。
銀のチェーンは本物だからこの金額だけれど、ホテル代にすらならないのよね……。
でも、持っていても気分が悪いだけ。
「構いません」
「分かった。それじゃあ、これを」
差し出された大銀貨を受け取って、着ているワンピースのポケットに入れる。
「ありがとうございました」
「毎度あり」
ポケットだと心許なくて、手で押さえながら移動する私。
今夜は野宿確定だから、人が通ら無さそうな路地をさがさないといけない。
王都の外は魔物が居るから、一人で眠るなんて出来ないのよね。
魔物の餌になる趣味は無いから、硬い石の上で眠る方がマシだ。
けれど、現実はそんなに甘くなくて、何者かに包囲されていることに気付いてしまった。
「こりゃぁ、滅多に見つからない上玉だな」
「何、心配するな。ちょーっと楽しいことをするだけだ」
人攫い。
すぐに頭に浮かんだのは、それだった。
大抵複数人で若い女性を攫って娼館の商売道具にすると言われているから、一番気を付けないといけない相手だ。
でも、
「貴方達も私から奪うつもりなのね……」
今まで散々色々なものを奪われて、最後はあっさり切り捨てられた私は少しだけ怒っている。
けれど攻撃魔法を使えば魔力切れで動けなくなってしまう。
だから、身体に魔力を纏わせて、魔力を消費しないで身体強化の魔法を発動させた。
これで疲れずに戦えるわ。
「少しストレス発散に付き合ってもらえるかしら?」
「ん? えらい乗り気だな。気持ちよくゴハッ」
苛立ちが頂点に達して、つい堪えられずに手が出てしまう。
かなり体格の良い人だったけれど、拳をぶつけたら路地の端まで飛んで行ったから、少し驚いてしまう。
お兄様を相手に試した時は平気な顔で受け止められたのに……。
「この女化け物だ。逃げろ!」
「誰が化け物ですって!?」
「ひえっ」
バシッ! ドサッ!
「犯罪者相手なら手加減は要らないわよね……?」
王国の法では、人攫いや盗賊に二度と動けない怪我をさせても問題無い事になっている。
貴族が身を護るために定められた法が無ければ、ここまではしなかったと思う。
……多分。
少し心配になって後始末について考えていると、見覚えのある人が姿を見せた。
あそこ、壁が凹んでいたのね。
「助けは必要なかったようだな」
「どうしましょう。少しやり過ぎてしまいましたわ」
「人攫いに慈悲は無い。俺が見張ってるから、衛兵を呼んで来てくれないだろうか?」
パーティーの時にお話しした赤い瞳のお方が、呆れたような感心するような複雑な表情を浮かべていて、私は慌てて頷いた。
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