9. 貴族の価値観

「あの二人、金目の物を持ってそうだな」


「やめとけ。どちらも只者ではない。返り討ちにされるぞ」


 路地を進んでいると、そんなやり取りが聞こえて来た。

 裏社会の根城になっているだけあって、私達を狙っている人達は多い。


 けれどクラウスさんが回りに威圧感を放っているから、踏みとどませられているらしい。

 お陰で無事に路地を抜けて、目的の武器屋さんに着くことが出来た。


「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか?」


 お店の中に入ると、早速声をかけられた。

 ここは貴族もよく利用しているから、品質はお墨付きだ。


 その分、簡素なワンピースのままの私は浮いてしまうけれど、店員さんは私にも笑顔で対応してくれている。


「彼女の剣を探しているので、適当なものを見繕って頂けますか?」


「かしこまりました。ご予算の方を伺っても?」


「ええ。九十万ダルくらいでお願いしますわ」


 安物の剣だとすぐに刃こぼれしてしまうから、今買える中で一番いい物をお願いする。


 ちなみに、他の貴族から好奇の視線を向けられているけれど、そちらは気にしない。

 王太子殿下の婚約者だったから、顔も知られてしまっているのよね。


 ここアルベール王国に居る限りは、貴族に見つかれば含みのある視線を向けられると思う。


「は、いくつかお選びしますので少々お待ちください」


「お願いしますわ」


 そうして少し待っていると、別室に案内された。


「こちらがお客様の体格に合うと思います。是非試しに振ってみて下さい」


「ありがとう」


 早速手に取ってみて、誰も居ない場所めがけて振ってみる。

 これは……少し軽すぎるわね。


 次の剣は……重すぎる。


 重い剣でも身体強化の魔法を使っていれば容易に扱えるけれど、これは持ち歩くもの。

 だから程よい重さが一番大事なのよね。


 だから全て手に取ってみて、一番合うものを探していく。

 そして、最後の一振りで、ようやく見つけることが出来た。


 装飾は最低限だけれど、お陰で扱いやすい。

 それに私が求めているのは、目立つようなものではなくて魔物をしっかり斬れる剣。


 貴族ならまず選ばないのだけど、それでいい。


「これにしますわ」


「分かりました。どのように装備されますか?」


「腰に下げますわ」


 冒険者は疲れにくい背中に背負う人が多いけれど、貴族は直ぐに取り出せる腰に鞘を下げることが多い。

 私も護身用で持ち歩くときは腰に下げていたから、その方が今までの練習を活かせると思う。


「畏まりました」




 それから、私は武器一式を購入して、次は服屋に向かった。

 流石に部屋着で外を歩きたくは無いから、しっかりとしたものを着た方が良い。


「町の外で行動するから、スカートは無しだからな? それから、長袖長ズボンは必須だ」


「分かったわ」


 言われた条件で探しているのだけど、困ったことに女性向けのズボンが見つからなかった。

 それもそうよね。ここは王都の中で行動するための服を置いているお店だから……。


 でも、五軒目でも見つからないなんて、誰が予想出来るのかしら?


「もう男物でも良いんじゃないか?」


「そうするわ……」


 クラウスさんに促されて、男性向けのズボンを試着してみる。


「どうだ?」


「普通に動きやすいわ」


 動きやすさも着心地も、普段のドレスと比べたら雲泥の差で感動してしまった。

 裾は折り込んで踏まないようにしているけれど、それだけで身軽に感じてしまう。


「それは良かった。上はそれで良いのかな?」


「ええ。似合ってないかしら?」


「似合ってるぞ。

 シエルは何を着ても似合うだろ」


 クラウスさんのお墨付きも貰えたから、服も何着か買っていく。

 これだけ買ったのに、かかったのはたったの一万ダル。普段のドレスが馬鹿みたいに思えてしまう。


 あれは一着で百万ダルを下らないのだから。

 さっきまで着ていた部屋着は十万ダル。


 ええ、平民の立場から見ると馬鹿としか思えないわ。




「次は冒険者ギルドの登録ね」


 試着室を借りて着替えを終えた私は、少し離れたところで待っていたクラウスさんに声をかけた。


「ああ。簡単な実技試験もあるが、シエルなら心配ないだろう」


「クラウスさんがそう言うなら、自信を持って臨んでみるわ」


 冒険者になって生活費を稼ぐためには、試験に合格しないといけないらしい。

 クラウスさんが大丈夫と言ってくれているけれど、ここで失敗したら奪われる人生に逆戻りだから、少し緊張してしまう。


「ああ。本当に簡単だから気にするな。

 それと、俺のことはクラウスで良い。パーティー組んでる仲間とは対等で居たいからな。嫌だったら今まで通りで構わない」


「分かったわ、クラウス。これで良いかしら?」


「助かるよ」


 ……敬語を使わない会話は疲れるわ。

 慣れれば疲れずに済むかしら?


 そんなことを思いながら、私は冒険者ギルドの中に足を踏み入れた。

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