締まらない終わり方
結論から言う。
怒られた。
『水瀬を助けようという心掛けは褒めたいところだが、それで入江まで怪我をしたらどうするつもりだ?』
という言葉を、先生から電話越しにいただいた。
それも当然だ、一人を助けるためにもう一人が飛び降りたら危うくミイラ取りがミイラになるところなのだから。
なんだか、昔を思い出す……そう、過去の黒歴史と一緒に。
子供の頃も、こんな感じで大人に怒られていた気がする。
とはいえ、後悔はしていない。
あとでしっかりとお説教だろうが、隣には柚葉がいるのだから。
「なーんか締まらなかったなぁ」
そんなことを、木にもたれ掛かりながら愚痴る。
幸いにして歩けるぐらいの軽傷で済んだ。少し節々が痛むが、経験上恐らく打撲と擦り傷ぐらいだろう。
「ここでかっこよく皆と合流できれば花丸だったんだが……蓋を開けたら待機とお説教だったぜ」
「ふふっ、そうだね」
横では、目元を腫らした柚葉の姿が。
落ちた時に嗚咽が聞こえていたが、今ではすっかり泣き止んでくれている。
それに、軽い冗談でも笑ってくれた……これだけで、落ちた甲斐があったというものだ。
「とりあえず、先生達が迎えに来るまでここで待機する感じになったんだが……どうする、しりとりでもするか?」
「つっくん、緊張感なさすぎ」
「だって、暇だろ? こんな天気じゃ、天体観測して時間を潰すわけにもいかないし」
まぁ、ちょっとした気晴らしになればなんでも構わないんだが。
動く様子がなかったことから、柚葉も怪我をしているのだろう。折れている様子はないから、捻挫程度だとは思う。
「……だったらさ、少しお話しようよ」
同じ木にもたれ掛かりながら、柚葉は口を開く。
「愛羅ちゃんは大丈夫だった?」
「ん? あぁ、あの子がいなかったら、俺は来てないよ。すっげぇ柚葉のこと心配してたけど。あとは「自分のせいで」って、責任感じてた」
「……愛羅ちゃんのせいじゃないんだけどなぁ」
「俺もそれは見て分かった」
どうせ、いらんやっかみを受けてその流れで……という感じなのだろう。
残念なことに、心当たりがあるからな。
「でも、愛羅のおかげで俺も来られて、先生からの救助とお叱りをもらえることになったんだ、あとでお礼言っておこうぜ」
「………………」
「んで、柚葉をそんな目に遭わせたやつを───って、どうした柚葉?」
どこか痛むのだろうか?
思わず柚葉の顔を覗き込む。
すると───
「……つっくんは凄いね」
「ん?」
「私、怖かった」
柚葉は俺の肩に顔を埋めて、ポツリと呟く。
「愛羅ちゃんを助けたことに後悔はないよ。でも、こうして怪我して、暗いところに放り投げ出されて……もう一回やれって言われたら、できるかどうか分からない」
「…………」
「けど、つっくんは今までずっとそうしてきた。私の時も、しーちゃん先輩の時も、くーちゃんの時も……私はともかく、あの頃の二人は赤の他人だったのに」
どうして? と。
そんな疑問が浮かんだ柚葉の瞳が俺に向けられる。
一瞬、言葉に詰まってしまった。
昔のことは、まだ思い返すだけで恥ずかしい。
でも、これはちゃんと言っておかなければならない気がして。
「単純に、笑ってる顔の方が好きだからだよ」
「え?」
「泣いている顔よりも、困っている時の顔よりも、俺は誰かの笑顔が好きってだけだ」
泣いている顔を見ていると、胸が締め付けられる。
逆に、誰かが笑っている顔を見ると、つられてこっちまで楽しくなってくる。
本質的には、お笑い芸人と同じなのかもしれない。
自分もつられて楽しくなってしまうような笑顔を、俺は作ってあげたいと思う。
逆に、泣いている顔は見たくない……笑ってほしいと、心の底から願ってしまう。
だから、俺は泣いている人間は見捨てられないのだ───
「先に好きになったのが、お笑い芸人じゃなくて子供が大好きなヒーローだったってだけ。もしも先に漫才が好きになってたんだったら、今頃ネタ作りを頑張ってたかもな」
それぐらい、俺は誰かが笑っている姿を見たいのだ。
それが、赤の他人だろうが関係なしに。
そして───
「それが大事な人だったら、なおさらだろ」
「ッ!?」
言い終わると、柚葉の顔が真っ赤に染った。
……かなり小っ恥ずかしくなるようなことを言ってしまったと思うが、本心なのだから仕方がない。
少し静寂が流れ、それがどこか気恥ずかしくて空を見上げてしまう。
すると、何故か俺の胸に温かな感触が襲ってきた。
「お、おい……柚葉?」
「……つっくん、ありがとう」
「え、何が!?」
いきなり抱き着かれたことに戸惑ってしまう。
しかし、柚葉は俺のことなど気にせず言葉を続けた。
「助けて、くれたじゃん」
「い、いや助けてないだろ!? 結局、こうして一緒に待機中なんだが!?」
「ううん、一緒にいてくれるだけで……私のために身を投げてくれただけで、充分救われたよ」
柔らかな感触、仄かに香る甘い匂い。
それらすべてに、激しく心臓が高鳴ってしまう。
「そういえば、ちゃんと言ってなかったね……あの時のことも、今のことも……お礼、言わないと」
柚葉は顔を上げる。
潤んだ瞳かた感じる熱っぽい眼差し。
眼前に迫ってきているからか、吸い込まれそうな感覚に思わず魅入ってしまった。
だからからか───
「……つっくん」
「んむっ!?」
彼女から重ねてきた唇に何もできなかったのは。
「つっくん……ありがと」
少し鉄の味がした、甘い感触が襲い、すぐに消える。
柚葉は顔を離し、ゆっくりと口を開く。
そして───
「私を助けてくれてっ!」
彼女は、花が咲くような満面の笑みを向けてきたのであった。
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