私の幼なじみ

 つっくんと初めて出会ったのは、幼稚園の頃だった。


「フハハハハハッ! 正義は必ず勝つ!」

「あー、ずるいぞー!」

「俺だって、ヒーローやりたい!」


 小さい頃から本当にヒーローが大好きで、よく皆と一緒にヒーローごっこをして遊んでいた。

 いっつも誰かの中心に立って引っ張って、いつも目立っていたのを覚えている。

 つっくんを初めて見た時は「男の子ってこういうの本当に好きだよねー」って思っていて。

 お母さん同士が高校の同級生で、一緒の幼稚園になってからはたから見ていた彼が横にいるようになった。


「ねぇ、つっくん……また怪我してきちゃったの? お母さん達に怒られるよ?」

「柚葉は気にしなくていいって! ただ遊んでた時に転んだだけだから!」


 ……今思えば、私は結構鈍感さんだったと思う。

 小学生に上がってからも続いていたヒーローへの憧れのせいで、こうなっているのは知っていた。

 ただ、本当に誰かを助けてきたとは思わなくて。

 毎回毎回「お姉ちゃんが面倒みないと仕方ないなぁ」って、変にお姉さんぶっていた記憶がある。

 でも、蓋を開けてみれば溺れている女の子を助けたり、吠えてきてた犬から助けたり。

 ……私のことも、同じように助けてくれた。


 そんなことを知らない私は、ずっと一緒にいてただ心地よさを感じていたの。


「つっくん、今日のお夕飯なに~?」

「フッ……聞いて驚け。最近、中がトロトロなチーズを入れたハンバーグの作り方を学んでな、今はそれを調理中だ!」

「やったー!」


 異性としては見てなかったけど、ただただ楽しくて。

 他の男の子とはどこか違った頼もしさがあって、私の我儘にいつも付き合ってくれて。

 ……本当に、今思えば少しきっかけさえあればつっくんのことは好きになっていたと思う。

 それぐらいつっくんは魅力的で、私は自然と惹かれていた。


王子様ヒーローがつっくんだって知った時はよく分からなかったけど……)


 こんな気持ちになってからつっくんと一緒にいて、ようやく分かった。

 つっくんが王子様ヒーローだったからっていうのは、ただのきっかけ。

 知らなければ、ずっとすれ違って……いつか後悔した状態で、気づいていたかもしれない。

 王子様ヒーローだったっていうのはもちろんある。

 でも、優しくて、私の夢をちゃんと応援してくれて、なんでもこなせる完璧な人で、自分より他人のために手を差し伸べられる勇気があって。

 そういう入江司という男の子に……私は恋したんだ———



「ひっぐ……うぇ……」


 暗く、月明かりも見えない曇りがかった空を見上げて、自然と涙が零れる。

 骨は折れてないと思うけど、体のあちこちが痛くて。

 近くまでしか見えないこの闇が怖くて。

 一人でいるっていう孤独感が胸を押し寄せてきて。

 スマホは落ちた衝撃からかは分からないけど、電源がつかなくなってしまっている。

 あれから何分経ったか分からない。それが余計に不安で、私は涙を流してしまっていた。


(我慢、我慢……!)


 後悔はしてない。

 あの時、愛羅ちゃんに手を差し伸べなかったら、この孤独感は愛羅ちゃんが味わっていたと思うから。

 骨とかは折れてなさそうだけど、最悪愛羅ちゃんが落ちた時は酷い怪我をしたかもしれないから。


(泣いちゃだめ、泣いちゃだめ……!)


 このまま泣いていたら、自分のしたことに後悔しそうだから。

 私がしたことは、私の中では間違っちゃいない。

 もし、これから教師になるんだったら、生徒の安全を第一に考えなきゃいけないから。

 心配はかけちゃうかもしれないけど、笑っていられるように、その子の将来のために私がなんとかしなきゃいけないから。

 何より―――


王子様つっくんなら、絶対にこうしたもん!)


 でも、それでも中々涙は止んでくれなくて。

 嗚咽だけが、静けさの中に広がっていく。


(会いたい……)


 しーちゃん先輩に会いたい。

 心配されて「頑張りましたね」って笑いかけてくれるしーちゃん先輩に会いたい。

 くーちゃんに会いたい。

 少し怒った顔で「無茶して」って労わってくれるくーちゃんに会いたい。


 つっくんに、会いたい。


 どんな時でも一緒にいてくれて。

 馬鹿ばっかりしてるけど、必ず最後に手を差し伸べてくれる彼に。

 このままここにいたら、きっと愛羅ちゃんが呼んでくれた先生達が駆けつけてくれると思う。

 でも、私が会いたいって思ってしまうのは、王子様ヒーローで―――


「びゃっ!?」


 その時、唐突に。

 ガ、ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッッッ!!!

 って、何かが落ちてくるような激しい音が聞こえてきた。

 私は反射的に痛みが走る体を起こす。

 幽霊? それとも、石か動物かが落ちてきた?

 分からなくて、より一層恐怖心が強くなって、私は思わず身構えてしまう。


「いつつ……柚葉のやつ、こんなところから落ちたのかよ」


 すると、突然に私の顔に明るいライトが当てられた。

 そのおかげで、一気に周囲が明るくなる。

 そして———


「……見つけたぞ、今日一番の功労者ヒーロー


 そこには会いたい彼の姿があった。


「つ、つっくん……ッ!」


 私が声を出すと、つっくんはゆっくりと近づいてきた。

 ジャージがあちこちボロボロになっていて、顔にいっぱい擦り傷があって。

 それでも、私に向かってどこか温かい……柔らかな、安心させるような笑みを向けてきた。


「じゃあ、帰ろっか。あんまり泣くなよ? 柚葉は笑っている方が似合う女の子なんだから」


 だからからか……私の胸は、響いちゃうんじゃないかって思うぐらい高鳴ってしまった。

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