一人でいる女の子
食事が終わり、ちょっとした小一時間の休憩が与えられた。
その間に一年生は後片付けをし、それぞれの自由時間を過ごす。
ボーっとテーブルに肘を突きながら眺めている光景にはまとまりがなく、ほとんどの一年が友人達と談笑に興じていた。
(詩織さんは次の行事のための準備をしてるし、他の先輩とか違うクラスのやつは知らん関係だし、柚葉はどっか行ってるし……)
暇だ、すこぶる暇だ。
先程から一年生がチラチラとこちらを見てくるのだが……一年と交流するには関係値が足りないし、そもそもあまり積極的に関わっていてもいいのかも分からない。
先程の詩織さんの気持ちがよく分かる。手持ちぶさたで何かしたい衝動に駆られる。
(……次のカリキュラムでも確認しとくか)
柚葉がこの日のために分かりやすく纏めてくれた、林間学校の紙を懐から取り出す。
林間学校は、基本的に一日目にイベントが詰め込まれている。
このあとは近くにある大きなアスレチック広場で遊び、施設に戻って夕飯をたべたあと、メインのイベントとなる肝試しがある。
二日目は朝食を自分達で作ったあと、すぐに帰宅になるのだが―――
(なんだかんだ、仕事が多いのは肝試しだよな……)
引率する面々は一名だけを残して生徒会メンバーと一緒に驚かす役に回る。
去年使った変装用の道具があるとはいえ、暗い中で毎度毎度驚かすとなるとかなりの労力だ。
(まぁ、柚葉が頑張ってるんだし弱音は吐けないけど)
紙を折り畳んで、もう一度懐に入れる。
そして、また一人ボーっとした時間を―――
『見た? あいつ、まだあっちのベンチで一人だよ』
過ごそうとした時、近くを三人の女子が歩いていく。
『見た見た、なんか可哀想だよね~』
『でも、あんな陰キャに話しかける人なんていないでしょ。確かに、顔は可愛いかもしれないけどさー』
『ねぇー! 一年間、ずっとあんな感じなんじゃない? っていうか、あのままでいてほしいっていうかー』
楽しそうな、げらげらとした笑い声。
ただ、聞いているこっちとしてはまったくをもって笑えない声。
「はぁ……」
別に俺が口を出すようなことじゃないかもしれない。
一年のことで、その人間関係に口を出すような立場じゃない。きっと、このままあの三人に注意しに行っても結局のらりくらり躱されるだけだろう。
所詮俺は引率の立場で、二年生。一年にとっては赤の他人もいいところ。
ただ、別に話しかけなければ特に何も問題はないわけなのだが。
「妬み嫉みって聞いている方も恥ずかしくなっちゃうよなー!」
『『『ッ!?』』』
「自分で恥を晒してるっていうか、滑稽というかー!」
三人の足が止まり、俺の方に振り返る。
俺は一度だけ一瞥すると、そのまま背中を向けて歩き出した。
「楽しいイベントに水を差すようなこと言ってんじゃねぇよ」
吐き捨てるように出てしまった言葉。
後ろの三人がどんな顔をしているかは分からないし、俺の方こそ水を差してしまったのかもしれない。
それでも、どうしても漏れてしまって。
俺はそのまま特になんの意味もないが……景色が一望できるベンチの方へと足を進めた。
すると―――
「えーっ、愛羅ちゃんって学年一位だったの!?」
「は、はい……一応、そうなんです」
―――ベンチには、一人ではなく二人。
一人は少し大人しそうでありながらも、どこか可愛らしい女の子。端麗で可憐で、触れたら壊れてしまいそうな繊細さが感じ取れて。
全員を見たわけではないが、今日見た一年生の中では間違いなく一番綺麗な顔をしていた。
もう一人は、見慣れた幼なじみの女の子。
一年生の女の子の横に座って、積極的に笑顔を向けて話しかけている。
(……何かする必要もなかったな)
推測ではあるが、きっと柚葉は一人でいる彼女を見かけて声をかけたのだろう。
少しでもこのイベントを楽しんでもらえるように。
その証拠に、女の子の顔にはぎこちないながらも少しばかり口元が緩んでいた。
「あ、つっくん!」
柚葉が俺に気づいて手を振ってくる。
「ねぇねぇ、聞いて! この子、つっくんと同じで学年一位なんだって! あ、名前は
「ふぅーん……あ、俺の名前は入江司。よろしく」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
慌てて女の子———櫻坂が頭を下げる。
その姿は、どこか
「うちの幼なじみがすまんな、騒がしかったろ?」
「え、いや……そんなことは―――」
「騒がしかったろ?」
「あの……」
「騒がしかったろ?」
「えーっと……」
「ねぇ、頷かせたいの、つっくん?」
ふふふ、そんなことはないよお嬢さん。
確かに声は大きなって思うけど、騒がしいとは思わないよふふふ。
「でも、一位なのか……凄いな」
「い、いえ……そんなことは。というより、噂によると入江先輩もずっと一位だって……」
「俺は自分でも凄いと思っているからな!」
「ぐっ……腹が立つワード、ナンバーワンのセリフのはずなのにつっくんのドヤ顔がちょっとかっこいいって思っちゃった私がいる……ッ!」
「うんうん、そうかありがとう」
頬を膨らませる柚葉の頭を撫でて胸を張り続ける。
すると、櫻坂は緩んだ口元が変わって―――
「ふふっ、面白いですね先輩達って」
―――ぎこちなくではなく、どこか吹き出したような笑みを浮かべてくれた。
その顔を見て、頬を膨らませていた柚葉の顔に柔らかいものが滲む。
(……ほんと、教師に向いているよ、柚葉は)
俺はそのまま柚葉の頭を撫で続けた。
『あ、入江先輩! また水瀬先輩とイチャイチャしてるんですか?』
『マジでやめてくださいよー! 見ているこっちが辛いっすよ』
『いっぺん殴らせてほしい気分っす』
『水瀬先輩も、本当に抵抗なく身を任せてますよねー』
その時、ふと近くを通りかかった同じクラスの男女の生徒達からそんなことを言われる。
ちょうどいい……なんて思ってしまった俺は、男二人の肩に手を回して、
「そんなに殴りたいんだったら、ちょっと罰ゲームを賭けてゲームをするか、後輩くんよー?」
『な、なんか腹立ちますね……ッ!』
『いいでしょう! その意外なモテ顔を勝ってぶん殴ってやりますよ!』
「あ、私達もやるー! ね、愛羅ちゃん!?」
「え、えぇ!?」
それぞれ、反応こそ違うものの———俺達は少しばかりの自由時間をベンチの傍で過ごした。
楽しかった。それは、柚葉や一緒にいたクラスの女の子と櫻坂の最後に見せた笑顔で分かった。
ただ、俺の顔面に一発も殴れなかった男子陣は悔しそうな顔ではあったが……まぁ、それはどうでもいいだろう。
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