暇を持て余して

 正直よく分からない山に到着した。

 去年も騒いでいつの間にか到着していたし、今回も寝オチしてしまったためどこにあるのか分からない。

 まぁ、パンフレットには書いてあるだろうが、特段気になるようなことではなかった。


 到着したあとはすぐに近くの博物館に行った。

 工芸品などが並んでいて、ちゃんとした授業らしさを感じる。

 それに若者が関心を向けるかはさておいて、順調に他のクラスと同じで観て回ることができ、現在昼食を作るためにキャンプ場の施設前にある広場へ足を運んでいた。


『そっち、ちゃんと火を見といてよー』

『私、料理とかあんまりしたことないんだけど』

『適当に野菜切ってルーを入れればいいんじゃね? 作り方見る限り』


 広い野外の調理場には、クラスに分かれて……そこからさらに班ごとに分かれて調理をする一年生の姿。

 今回はカレーを作るとのことで、どうにもキャンプらしさを感じる。

 見ている限り和気あいあいとしており、楽しそうな光景が広がっていた。


(とはいえ、こっちもこっちで暇なんだよなぁ)


 柚葉は生徒達が困っていないか見回っている。

 一方で俺はというと、先輩達を含め自分達で食べる用のカレーを作っていた。


(もちろん、人は少ないとはいえ……温度差が凄い)


 ちゃんと他の人にも手伝ってもらっている。

 ただ、柚葉と同じように後輩の面倒を見ていたりしているため、ご飯を炊いてくれる先輩がいなくなった調理場には俺しかいない。

 適材適所。というわけで、俺は一人寂しく野菜を切ったりカレーを作っていた。ぐすん。


(いや、柚葉に任せる方がちょいと心配だし、あとから手が空いたら他の人達も手伝ってくれるって話だからいいんだけどさ……)


 とりあえず皮は向いて、玉ねぎは……半分みじん切りにして、残った半分は人参とじゃがいもと一緒で乱切りに……あとは肉を表面に焼き色がつくまで炒めて、そんで───


『なぁ、入江先輩って料理もできるのか……?』

『手際よくない? もうレシピとか見てないぞ』

『あとで教えてもらおうぜ。多分、あの人に聞いた方が超早い気がする』


 何やら周囲から視線を向けられているような気がするが……気にしないで早く作ろう。

 どうせ煮込んだりするのに時間がかかるし、お腹空いたし。


「ふふっ、相変わらずお上手ですね」


 その時、ふと横から覗いてくる女の子の姿が。


「うぉっ!? し、詩織さん!?」

「はい、詩織さんです♪」


 香ばしいルーの匂いから、どこか女性らしい甘い匂いが鼻腔を擽る。

 いきなり現れたことと、最近仲良くなった美少女との距離に少しばかり驚いてしまう。


「……ちょっとびっくりしたんですけど」

「あら、それは申し訳ございません。ですが、これも先輩の可愛い後輩へのお茶目ということで許してくれませんか?」


 舌を出し、言葉通り茶目っ気のある笑みを見せる詩織さん。

 思わず視線を逸らしてしまうほどドキッとしてしまった。


「……随分と可愛いお茶目ですね」

「流石に背中を押して驚かせるのは危ないと思いますよ?」


 驚かし方が弱いというわけではなく、今の詩織さんが可愛いという意味だったのだが。


「それより、詩織さんはどうしてここに?」

「生徒会は生徒会で自分達のカレーを作るのですが、皆さん「俺達がやるんでゆっくりしてください!」と言って手持ち無沙汰になったのです」

「なるほど……」


 きっと、詩織さんにいいところを見せたいと張り切っているのだろう……参加した生徒会メンバーは男子の方が多かったし。もしくは、いつもお世話になっている詩織さんを気遣って、とかだろうか?


「なので、暇なんです」

「そうですか」

「暇なんです」

「……そうですか」

「暇です」

「…………」


 そうなのか。


「……じゃあ、話し相手がてらに手伝ってくれます? 一人身の男の仕事終わりみたいな感じで寂しく作ってるだけなんで」

「ふふっ、喜んで。というより、ありがとうございます。これで一人寂しくウロウロすることがなくなりました♪」


 鼻歌を鳴らしながら、横に並んで袖を捲る詩織さん。

 本当に暇を持て余していたのか、楽しいという感情がありありと───


「入江さんだからですよ」

「ッ!?」

「一緒に作るのが、入江さんだから楽しいんです」


 思っていた言葉を否定して、詩織さんは軽く肩を小突いてくる。


「誰と作るより、想いを寄せている人と。授業の一環ではありますが、そう思ってしまうのは乙女故に仕方がないことないことなのです」


 分かりましたか、と。

 詩織さんはいたずらっぽい笑みを向けてきた。

 それを受けて、思わず頬を掻いてしまう。


「……前も思いましたけど、詩織さんってエスパーなんですか?」

「入江さんが分かりやすいのですよ。ですが、もちろん単に料理をするということが楽しいという部分もありますが」

「……さいですか」


 改めて思う……絶対、詩織さんには敵わない。

 なんでも見通しているようで、その上で相手に言葉を伝える。

 エスパーというより、他人の気持ちを察せられる能力が高いのだろう。

 それに加えて誰かを優しく包める包容力もあるのだから、余計にタチが悪い。


(詩織さんの魅力は、絶対ここだよなぁ)


 なんてことを思いながら、俺達は雑談を交えて楽しくカレーを作っていった。

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