自己紹介
いくら振替休日が与えられるといっても、金曜日から立て続けに土日登校になるのには変わりない。
そのせいで、林間学校を迎えた今日の朝の目覚めは、さながら七連勤を覚悟した社畜のような気分だった。
加えて―――
「ふぁぁぁっ……」
「つっくん、眠たいの?」
思わず欠伸が出てしまう。
グラウンドには一学年全員と何人かの上級生、先生の姿がある。
今は担任の先生が自分達のクラスに説明をしているため、端で突っ立っている俺が欠伸を指摘されることはなかった。
「この前さ、鯛食べたじゃん? その流れで昨日アクアパッツァの作り方を動画で見てて……」
「ぐぬっ……どんどんつっくんの家庭力が上がっていく!」
今度時間があったら作ってみようと思った。
『それでは、私からの説明は以上です。ここからは二年生の指示に従って行動してください』
欠伸している間に、先生からの説明が終わる。
すると、どこか楽しそうな笑みを浮かべた柚葉が俺の袖を引っ張って一学年の前へと立った。
恐らく、自己紹介でも始めようとしているのだろう。
「初めまして、今回の林間学校であなた達のクラスを担当する水瀬柚葉です! 今日はよろしくお願いします!」
今回の林間学校では、自分達と同じクラスの一学年を担当することになる。
もちろん、三学年の生徒も同じように担当してくれるのだが、説明を聞いた限り二学年のフォローに回るだけで基本的に引率をするのは俺達らしい。
だからこそ、こうした挨拶をするのは俺達だけで、三学年はさり気なく今バスの中に乗り込んでいる。羨ましい。
『なぁ、めっちゃ可愛くない?』
『それ思った。ってか、水瀬先輩って確か三大美少女って呼ばれてたような?』
『あれ、マジな話だったの? でも、あの可愛さ見たらそう呼んじゃうのも納得するわ』
柚葉が挨拶をすると、どこかからか男子の声が聞こえる。
気持ちは分かる。入学してすぐで、こんな可愛い先輩を見て興奮してしまうのも無理はないと思う。
ただ、俺の耳にまで届いているような声。
当然、柚葉の耳にまで届いているわけで……案の定、不快そうに少しだけ眉を顰めていた。
(……今ここで言う話じゃねぇだろうに)
少しだけ体を逸らして、柚葉の前に立つ。
そして、ざわついている一学年に向かって声を張り上げた。
「えー、入江司です! 親交を深める場でもありますが……楽しく、貴重な思い出を作るため節度を持った行動をするように!」
強めに声を発したからか、ざわついていた男の声が鎮まる。
印象が少し悪くなってしまったかもしれないが、ここはガツンと言っておかないと―――
「(うぅ……つっくんがかっこよすぎる。さり気なく私を守ってくれたし、こんな時なのにドキドキしちゃう)」
ほんと、こんな時なのに後ろでそんなことを言わないの。聞こえるんですけど、普通に。
『ねぇ、入江先輩って確かテストでずっと学年一位の人だよね?』
『あ、私も先輩に聞いた。しかも、体育祭でめちゃくちゃ目立つほど運動神経もいいらしいよ』
『顔もかっこいいし……ねぇ、連絡先とか今回で交換できるかな?』
鎮まったかと思えば、今度は女子の声がちらほらと。
……なんで俺? その先輩からなんて話を聞いたの?
(っていうか、これじゃ強く言った意味ないじゃん……)
いや、女の子からざわつかれるほど持ち上げてくれるのは嬉しいけどさ。
せめてこんな時じゃなくて違う時にしてくれないと、全然話が進まないわけで―――
「これから、バスに乗り込んで現地に向かいます」
その時、ふと腕に柔らかい感触が伝わった。
視線を横に向けると、そこには俺の腕に抱き着いている柚葉の姿があった。
「っていうわけで、さっさと行こっか。早くしないと他のクラスに置いて行かれちゃうよ~?」
にっこりと、一学年の生徒に向かって笑う柚葉。
笑っているはずなのに、どこか笑っていないような雰囲気が感じ取れて。
それを感じ取ったのは俺だけではなかったのか、ざわついていた生徒達が今度こそ鎮まり返る。
「お、おい……柚葉———」
「つっくんも早く行こ! 遅刻厳禁、遅れてスケジュールに支障が出たら楽しめるもんも楽しめないよね!」
腕に抱き着いたまま、グラウンドに停めてあるバスへ生徒達を引率するように先を歩く柚葉。
その発言には全面的に同意はするのだが、腕に抱き着く必要はないと思わざるを得ない。
それを指摘しようとしたのだが、先んじて少しだけ振り返り口を開いた。
「……こうしていれば、皆私達に対して変なこと思わないでしょ?」
こんな姿を見せつければ「あー、二人はもうデキてるのか」なんて思うだろう。
確かに、俺達も引率する立場だが交流する人間でもある。
ただ、メインは一学年同士の交流。
一学年ではない二学年である俺達はあくまでサブの人間なため、あまりこっちに意識は向けてほしくない。
(さ、流石は教師志望……ちゃんと考えてるんだな)
内心で感心する。
すると、今度は少しだけ頬を赤く染めて―――
「……私だって、嫉妬するんだもん」
「ん?」
「牽制、したかったっていうのもあります……」
恥ずかしそうに口にされた言葉。
柚葉だけでなく、受けた俺までも何故か気恥ずかしくなってしまう。
「そ、そうか……」
「う、うん……」
互いに顔が真っ赤なのは分かっている。
それでもなんとか平静を装おうと、一学年の生徒に見られないようそそくさとバスの中へ乗り込んだ。
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