寂しい

 時間が過ぎ去るのもあっという間。

 この前テストが終わって柚葉と一緒にご飯を食べたかと思えば、今度は林間学校まで残すところあと二日となってしまっていた。


「ぬぐぐ……ちゃんと楽しんでもらうためには頭に叩き込んでおかないとなんだよ」


 林間学校の説明のために、放課後の空き教室に集められた俺達。

 小一時間の一通りの説明も終わり、ぞろぞろと部屋から生徒達が出ていく中で柚葉が冊子と睨めっこして唸っていた。


「別に覚えろってわけじゃないんだろ? そんな眉間に皺を寄せてると愛嬌増し増しの変顔にしかならんぞ?」

「……将来のため、頑張らなきゃいけないことがあるのです」

「そ、そうか……」


 それを言われたら何も言えない。

 気負いすぎな気もしないことはないが、頑張ろうとしている人間に口を挟むのも野暮だろう。


「まぁ、ほどほどにな。俺、これから猥談会があるから先戻っとくわ」

「……あとで合流する」


 合流するのか。


(そんないつも面白い話題わいだんなんかないんだが……)


 席を立ち、他の皆と同じように教室を出ようとする。

 すると、未だに残って生徒会のメンバーと話している詩織さんと目が合い―――


「(お疲れ様でした)」


 お淑やかで柔らかい笑みを浮かべながら、小さく手を振ってくれた。

 声までは聞こえなかったが、口の形的に労ってくれたのであろうことが分かる。

 俺も同じように手を振り返し、そのまま教室を出た。

 放課後ということもあって、人の姿も少ない。

 茜色の陽射しが廊下の窓から入り込み、妙な静けさを醸し出している。


(っていうか、なんか実感沸いてきたなぁ)


 こうして説明会を受けていると、明後日には始まるのだという現実が伝わってくる。

 柚葉みたいに「しっかりできるか?」なんて気持ちはないが、頑張ろうとだけは気合いが入る。

 ペアも仲のいい柚葉だし、指揮を執るのも優しい詩織さんだ。

 やりやすい環境ではあるし、かっこ悪いところは見せられないと思ってしまう。


「ま、そんな活躍するようなイベントじゃないし気負うこともないんだろうが―――」


 そう何気なしに呟いていた時だった。

 ふと、視線の先に最近よく出会う少女の姿が映る。

 廊下の窓枠にもたれかかり、少しだけ髪を弄って誰かを待っているような佇まい。

 射し込んでいる夕日が少しばかり幻想的な背景だからか、美しくも綺麗な容姿と相まって思わず息を吞んでしまうほど絵になっていた。


「……霧島?」

「遅かったわね、入江」


 俺の声に気が付き、霧島が近寄ってくる。


「珍しいな、こんな時間まで残って。誰か待ってんのか?」


 柚葉ならまだ睨めっこをしているだろうし、詩織さんならまだ仕事が残っているだろう。

 どっちを待っていたかは分からないが、もう少し時間がかかることだけは伝えておかないと。


「二人なら、もうちょい時間がかかるぞ?」

「あなたを待っていたから大丈夫よ。そもそも、私もこれから撮影があってこれ以上は残れないし」


 はて、俺に用事とは?

 身に覚えがないから、とりあえず首を傾げてしまう。

 すると───


「ねぇ、入江」


 グッと、霧島は体を触れそうになるぐらい近づけてきた。

 本当に、少しでも動けば華奢な体に当たってしまいそうな距離。

 甘い香りが漂い、眼前に迫った端麗な顔に思わず心臓が高鳴ってしまう。


「ど、どした……? っていうか、この体勢ってあまりよくないんじゃ……」


 今は廊下に人の気配がないからあれだが、万が一にも今の姿を見られると勘違いされてしまう恐れがある。

 まぁ、霧島がどう思っているかは知っているし、噂が発生したとしても気に留めないとは思うんだが───


「柚葉と詩織さんは土日の林間学校であなたと一緒じゃない?」

「まぁ、そうだな……」

「仕方ないとはいえ、私だけあなたと会える時間って少ないの」


 確かに、霧島は今回不参加だ。

 あの面子で一緒にいられないのは彼女だけということになる。


「だから、

「ッ!?」

「好きな人と会える時間がないって分かると、どうしても思っちゃうのよね」


 何を言うまでもない直球ストレートな言葉に、ドキッとしてしまう。


「それは、その……なんというか……」


 俺だって寂しくないと言えば嘘になる。

 最近仲良くなり始めた女の子だし、何より魅力的な女の子だから。

 それを向こうから言われると、どうにかしてあげたいと思ってしまう。

 ただ、こればかりはどうしようもないことで───


「ふふっ、そんな真剣に悩まなくたっていいわよ。軽い意地悪なだけだったし、あなたを困らせるようなことをするつもりもないわ」


 霧島は微笑を浮かべると、俺から体を離す。

 それと同時に、慣れないスキンシップに対する安堵が押し寄せてきた。


「びっくりさせんなよ……俺、こういうのまだ慣れてないんだって」

「あら、でも寂しいのは本当よ?」


 霧島がいたずらめいた笑みを浮かべる。


「だから、落ち着いたら今度二人が楽しんだ分私に時間ちょうだい。私とあなただけのデートしましょ♪」

「……デートって」


 美人のいたずらめいた可愛らしい笑みを受け、こっちは思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「ほんと、強かすぎて誰とも付き合ったことのない貧弱ボーイにとっては恐ろしいよ」

「言ったじゃない、私は攻勢強いって」


 あまりにも堂々とした言葉。

 ちゃんと考えているようで、それでいて包み隠さず言える。

 きっと、こういう部分が彼女の魅力なのだろう。


「それで、返事をお聞かせ願える?」

「そんなの、女の子にここまで言われたら時間を用意するしかないだろ」

「ふふっ、なら期待してるわ」


 最後に、霧島は本当に嬉しそうな顔を浮かべて俺の額を小突いてきた。

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