教師を目指す理由

「柚葉、お茶碗そこにあるからよそっといて」

「うぃ!」


 無事に林間学校への有志枠を獲得したその日の放課後。

 テストお疲れ様……ということで、少し豪勢な夕飯を作っていた。

 どうやら今まで料理をしたことがないお嬢さんが習い始めたとのことで、今回はキッチンに柚葉の姿がある。

 残念なことに、大学がある姉さんと仕事がある両親は家にはいない。

 それは柚葉も同じだったみたいで、タイミングよくうちで一緒に食べることとなった。


「赤飯なんて私のお家だとパックなのに、つっくんは作っちゃうんだねー」

「ちょっと手間はかかるけど、炊飯器でできるからな。どうせだったら、最後まで自分で作りたい派」

「そういえば、つっくんは昔から自分でやり切りたいタイプだったよね」


 横で、柚葉が可笑しそうに笑う。

 確かに、やるからには最後までやり切りたい性格ではあるんだが……笑うようなことだろうか?


「ふふっ、懐かし」

「何が?」

「覚えてる? 私がさ、成績悪くて泣いてた時に一生懸命勉強教えてくれたこと」

「あー」


 小学校の二年か三年ぐらいの時、柚葉が思い切り泣いたことがある。

 ずっとテストの点数が悪くて、勉強しているはずなのになんで、って。別に柚葉の両親は本人が頑張っていることを知っていたから怒りはしなかったものの、周りと比べて限界がきていたらしい。

 昔のことだから、正直あまり記憶が朧気ではあるが。


「初めは全然点数上がらなくて……やっぱりダメなんだ、って私が思ってもつっくんは諦めずにずっと教えてくれた。「諦めるな、俺がいるから大丈夫だ、頑張って最後に笑ってやろうぜ!」みたいなこと言ってさ。それでテストの点数が上がったら一緒に喜んでくれたよね」


 柚葉が茶碗によそった赤飯をテーブルに置いて、今度は引き出しから皿とコップを取り出し始める。


「実はね、その時のつっくんを見て教師になりたいなーって思ったんだよ?」

「そうなのか?」

「うん」


 柚葉は懐かしそうな顔を浮かべながら───


「私も最後まで寄り添ってあげたい、点数が上がったら一緒に喜んであげたい……あの時のつっくんみたいな先生になりたいなって」


 柚葉がそんなことを思っていたとは。

 元より教師になりたいとは聞いていたが、理由までは聞いたことがなかった。

 勉強は未だに苦手だが、それでも目指す理由。

 そこが自分であることにむず痒さを覚えてしまうものの、嬉しいと思ってしまう自分もいる。

 気恥ずかしさを誤魔化すように、俺は冗談めいた笑みを浮かべた。


「んじゃ、俺のためにも頑張って先生になってくれ」

「ははーっ、頑張ります先生!」


 楽しそうに、可愛らしい笑顔を浮かべる柚葉。

 その姿を見て、思わずしてしまった。


(……ほんと、こういうところが魅力的だよな)


 誤魔化そうとせず、皿に盛りつけをしながらふと思う。

 明るくて、ちょっとした仕草が可愛らしくて。それでいてしっかりと夢を追える芯もあって。

 今までちゃんと見ようとしてこなかったから意識をしたことがあまりなかった。

 改めて考えると、本当に幼なじみは魅力的な女の子だと思う。


「そ、そういえばつっくん……」


 ふと、柚葉が口篭る。

 そして───


「なんか、その……一緒にご飯作ってるのって新婚さんみたいだね」

「げほっ!?」


 そんなことを言い始めた。


「な、ななななななななななななんばいいよっと!?」

「……何弁?」


 どこだったっけ? 確か九州の方の……って、そうじゃない。


(クソ……変に意識してた時だから思わず動揺した……!)


 口元を拭い、横で心配そうに顔を覗いてくる柚葉の額にデコピンをした。


「あいたっ!?」

「そういうセリフは一丁前に料理ができるようになってから言いなさい。なんだよ、包丁を使わないサラダしか作れないって」

「うぅ……だって、お母さんが「娘が搬送される姿なんて見たくない」って言ってまだ握らせてくれないんだもん……」


 このお嬢さんは俺の知らないところで昔何をやらかしたんだ?


「んで、結局ご褒美は自分で用意することになったわけだが」

「ぬぐっ!」


 まぁ、一緒にキッチンに立つというのも中々楽しかったからいいんだけども。

 なんか肩透かしを喰らった感は否めない。


「だ、大丈夫! そう言うだろうと思ってちゃんとしてきたから!」


 柚葉はキッチンから飛び出てリビングにある自分のカバンへと向かう。

 そして、戻ってきたかと思えば、手には一冊の本が。

 その本には───


「(は、恥ずかしいけどつっくんのためなら……!)」


 ───R18と、大きく記載されてあった。


「が、頑張りますっ!」

「こらこらこら」


 頑張るな、十八歳未満。

 明らかに手を出したたいけない領域だろうが。


「お前は一体、十八歳以上の何を学んできたんだよ……」

「えーっと……その、恥ずかしくて言えない」

「………………」


 なんだろう、ツッコミ役は現状俺しかいないのに、そのまま流れに身を任せてしまいたくなる。

 というより、十八歳未満が手にしてはいけない本で何を学んだのか非常に気になるところだ。


「……とりあえず、さっさと飯でも食べようぜ。その本は、あとでお兄さんが読んだあとに返すかどうか判断します」

「……すけべ」

「マジで何が書かれてあんの?」


 この本の中身は何かは分からない。

 少しばかりも興味を抱きながら、結局俺達は美味しく少し豪勢な夕食をいただいたのであった。

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