勉強会
定期試験は成績にかなり影響する。
そのため、成績をちゃんと気にしている人間であれば追い込みをかけるもの。
教師志望である柚葉は、いい大学に行くために成績の向上……もしくは維持は必須。
今回の勉強会は人数こそ増えてしまったものの、元より柚葉のためのものであり───
「日本史とか世界史はほぼ暗記だからな。といっても単語を丸暗記しようって思うよりも、流れを理解した方が覚えやすい」
「う、うん……」
「この事件は何に影響を及ぼしたのか、とか。あとは何故この事件は起きたのか、起こした人物は誰か……そういうのを調べていくと、問題文をイコールで覚えようとするよりも思い出しやすいぞ」
隣に座る柚葉へ、教科書を指差しながら教える。
柚葉は理数系こそ得意なのだが、暗記メインの文系はかなり苦手。だいたいいつも教えるのも、まずは暗記からになる。
「あの、詩織さん。ここなんですけど……」
「ここは、そうですね……その解き方でも問題ないのでしょうが、教材に載ってあるこちらの公式を使った方が時間を費やさずに済みますよ」
一方で対面では、詩織さんと霧島が並んで勉強をしている。
詩織さんは自分の勉強をしながら、霧島を教えて。霧島は自分の勉強をしながら詩織さんに聞いて。
カチカチと時計の針が着実と音を鳴らしていく中、黙々と勉強が進んでいく。
真面目な面子だからか、勉強会に淀みがない。
漫画とかだと「勉強ヤダー!」とか言って集中が切れる人が現れるのだろうが、柚葉は夢のために顔を顰めながらも一生懸命取り組んでいるし、霧島も詩織さんも勉強が苦手ではない部類なのか、集中が切れる様子もない。
(それがいいのか悪いのか……)
おかげで始めてから一時間経っているのに止まる気配がない。
このままいけば、休憩すら挟めなくなってしまう……俺が辛い。
「……つっくん、休憩しちゃう?」
そんなことを思っているのが分かったのか、横に座っている柚葉が顔を覗き込んでくる。
端麗で可愛い顔が迫ってドキッとしたが、平静を装って両手を挙げた。
「ご明察、ちょいと疲れた休憩しよーぜ」
「ふふっ、よろしいのではないでしょうか」
「私も別にいいわよ」
こんな中で一人「休憩したいっす!」って中々言えなかった。
その解放感もあり、グッと背伸びをする。
「にしても、入江って教えるのが上手よね」
唐突に、頬杖をついて口にする。
「そうか?」
「はい、私も聞いていて思っておりました」
そうなのだろうか? 自分では意識してなかったんだが───
「そこんとこどう思う、教わっている一号さん?」
「つっくんはかっこいい男の子だと思いますっ!」
凄い、嬉しいけどキャッチボールができてない。
「でも、教えるの上手なのは本当だと思うよ? 事実、私の成績は上がってるし!」
「おー、よしよし。成績上がってお兄ちゃんは嬉しいぞー?」
「えへへへっ……ハッ!? 私がお姉ちゃんなんだけど!?」
頭を撫でていると、柚葉は何かに気づいた顔を見せた。
ただ、自分が歳上枠だというのは語弊であると物申したい。
「ほんと、見せつけちゃってくれるわね。そう思わない、詩織さん……って、詩織さん?」
霧島が何やら首を傾げる。
気になって詩織さんの姿を追うと、彼女は徐に俺の横に座ってきて───
「私もなでなでを所望します」
「ふぁっ!?」
「詩織さん!?」
驚く俺達を他所に、詩織さんは頭を差し出してくる。
上品で大人びている彼女がこうして甘えてくる……その姿はギャップが酷く、驚くのと同時に心臓の鼓動が高鳴ってしまった。
「な、何してるの!?」
「あら、私も勉強を頑張ったのでご褒美を求めているだけですが? もしよろしければ、来栖さんもいかがです?」
「い、いかがですって……」
チラりと、霧島は俺の方を見る。
そして、逡巡したあと少しだけ唇を噛み締めると、若干赤くなった頬を染めて───
「わ、私もお願い……」
───背後に周り、頭をこちらに向けてきた。
「……恥ずかしいならやめてもいいんだぞ?」
「ま、負けられない事項があるのよ……ッ!」
強気な彼女にしては珍しい。
こういう明らかな「甘える」行為には慣れていないのだろうか? 気恥しいという様子がありありと伝わってくる。
しかし、詩織さん同様……ギャップある姿が大変胸を打ってきてしまうわけなのだが。
(あの三大美少女様のご褒美をねだる姿って……こう、なんというか……)
筆舌に尽くし難い。
もちろん嫌なわけではないし、こういう姿を見られるのは素直に嬉しい。
ただ、問題なのは俺も気恥しいというだけ。
とはいえ、やらないと終わらないのは間違いないわけで───
「……これでいいっすか?」
二人の頭を優しく撫でる。
小さく、サラリとした髪の感触と少し高い体温が手に伝わった。
それがあの三大美少女様を撫でているという実感をより一層与え、さらに気恥ずかしくなる。
「(これは、その……ヤバいわね)」
「(あ、あまり経験がないので……思った以上にきますね)」
二人の顔が一気に赤くなる。
自分で求めたのはいいが、想像以上だったのだろう。
俺が手を止めるわけでもなく、彼女達が自ら頭を離してご褒美は終了する。
そのタイミングで、今度は横から柚葉が俺の服を引っ張ってきて───
「ゆ、柚葉も頭を撫でろってか……?」
「う、ううん……私は頑張ったっていうより教えてもらっている方だから」
柚葉は少しだけ頬を染め、正座したまま両手を広げる。
その姿は、どこか「飛び込んでこい」とでも言わんばかりで、
「ひ、膝枕したら……疲れ、取れるかな?」
「…………」
勉強した方が楽だったかもしれない。
ある意味幸せで贅沢すぎる疲労感に、俺は思わず心の中で嘆いてしまった。
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