つまらないもの

「司くん、今日って誰か来るのー?」


 土曜日の朝。

 ソファーに寝転びながら、姉さんが唐突に口にする。


「来るのは来るが……いきなりどったの?」

「どったのはこっちのセリフだよ。包丁なんか研いじゃってさー」


 今日は柚葉達との勉強会。

 一応夕方までいるとのことで詩織さんにはお世話になったことだし、せっかくなら昼食でも振舞おうと思っていた。

 そのため、最近研いでいなかったお気に入りのマイ包丁を研いでいるのだ。


「……殺るの?」


 おっと、この姉さんは些か猟奇的な発想をお持ちのようだ。


「最近研いでなかったからしてるだけ。っていうか、今日はサークルの日なんだろ? 行かなくていいのか?」

「えー、もう行かなきゃいけない時間だけど行きたくないー! どうせ「ねぇねぇ、君可愛いねもしよかったら〜」展開が起こるだけだもんー」


 自己評価高いな……なんて思うが、実際にありそうだから何も言えない。

 一年間しか重ならなかった高校時代、どれだけ姉さんがモテたか知らなければ「ナルシスト」と唾を吐けたのに。


「……でも行かなくちゃいけないのが大学生の義務なんだよ」


 ゆっくりと体を起こし、義務教育から解放されたはずの姉さんは義務のためにリビングの外に出る。

 そのままの格好で行くつもりなんだろうか? なんて思っていると、玄関の扉が開いて閉まる音が聞こえてきた。そのままの格好で行ったのだろう。

 そして───


『あーっ、柚葉ちゃんいらっしゃーい! 司くんに会いに来たの!? それともお姉ちゃん!?』


 ……なんかそんなやり取りまで聞こえてきた。声が大きい。


『あ、今日はその……つっくんと勉強会です』

『ぐぬぬ……好感度アップのチャンスをお姉ちゃんもお手伝いしたいけど、今から義務を果たさなきゃいけないのです……!』

『義務?』


 本当に騒がしい姉である。

 とりあえず聞かなかったことにして、引き続き包丁を研いでいく。

 すると玄関と扉が開く音がまたしても聞こえ、今度はリビングに柚葉が姿を見せた。


「ねぇ、義務ってなんのこと?」

「気にするな」


 本当に気にするほどのものじゃないから。


「あ、ちゃんとポテチ持ってきたよー!」


 そう言って、柚葉はリュックの中からポテチを取り出してテーブルの上に置く。

 勉強会とはいえ、ずっと机に向かっているわけじゃない。こうしてお菓子を用意してくれるのは大変ありがたい。


「あとはねー、チョコとジュースとメリケンサックとお母さんが持って行けって言ってた苺と───」

「こらこらこら」


 途中で楽しげにいただくラインナップに物騒なものが混ざってなかったか?


「なんでメリケンサックなんかあるんだよ……」

「え、いやー……その、今日のお礼の品と言いますか……」

「マジで買ったのか」


 本当に俺にメリケンサックの印象があるかどうか是非とも話し合いたいところだ。

 とはいえ、せっかく買ってくれたのに無下にするのはよろしくない。今度、姉さん用に取っておくとしよう。

 そう思っていた時、ふとインターホンが鳴った。


「ん、しーちゃん先輩かな?」

「かもな」


 俺は研いでいた手を止め、ちゃんと拭いてそのまま玄関へと向かった。

 そして、出迎えるために扉を開ける。


「はいはい、いっらしゃいま───」


 海鮮市場とかに足を運んだことはあるだろうか?

 新鮮な魚介類が並び、活気に満ち溢れ、よくあるスーパーとは違って梱包されてない仕入れたばかりを買う場所。


「おはようございます、入江さん。これ、つまらないものですが」


 ……そこで買うような大きな発泡スチロールの箱が、いきなり手渡された。


「……なんですか、これ?」

かつおです」


 かつお


「本当は本日のお礼に蟹を買いたかったのですが、生憎と旬がギリギリ過ぎてしまいまして……」


 旬とかどうこうではなく、手土産の品としてのチョイスに首を傾げたいところだ。

 流石は大企業のご令嬢である。

 まぁ、手土産を持ってきていただけたことはありがたいのだが。


「……いただきます」

「はい、召し上がってください♪」


 とりあえず詩織さんを自宅に招き、リビングへと向かう。

 前々から薄々感じてはいたが、詩織さんはお淑やかな雰囲気とは裏腹にお茶目な一面もあるらしい。

 これをクラスの男子にでも言えば「そんなことはない」と言われるかもしれないが、手にある箱が真実を物語っていた。

 本当に、今日の白いワンピース姿は清楚そうで似合っているのに。


「あ、しーちゃん先輩いらっしゃ……何、その箱?」


 リビングへ戻ると、教材を広げていた柚葉が俺の抱えている箱を見て首を傾げた。


かつおです」

かつお


 柚葉の首がさらに横に傾く。

 お嬢さんも中々奇抜なお礼の品を用意していたと言いたいところだが、気持ちは充分に分かる。


「まぁせっかくなんで、これ今日の昼食にしていいですか? あまり凝ったものは材料がなくてできないですけど、刺し身あたりにして」


 本当は一匹あるみたいだし他にも色々作ってみたいが、最近刺し身も食べてないから結構楽しみだ。

 少し驚いてしまったものの、詩織さんには感謝である。


「(い、入江さんって捌けるのですね……かっこいいです)」

「(分かってはいたけど、改めてつっくんのハイスペックさにドキってしちゃった……)」


 女性陣が何やら頬を染めてヒソヒソと話しながらこっちを見つめてくる。

 何を話しているのかは気になるが、とりあえずキッチンの流し付近に箱を置く。

 すると、もう一度インターホンが鳴った。

 恐らく、今度は霧島だろう。

 俺は再びリビングを出て玄関を開ける。

 すると、ラフなパンツに帽子を被ったボーイッシュな服装の霧島の姿が視界に映った。


「おはよ、入江。これ、つまらないものだけど」


 早速手渡されたのは、綺麗に包装されたお菓子で───


「お気遣い、ありがとう……ッ!」

「ちょ、なんで泣いてるの!?」


 どうしてか、俺の瞳から涙が零れた。

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