両手に華

「それで、勉強会っていつにしよっか?」


 身支度を済ませ、軽く雑談しながら通学路を歩く。

 耳に届くのは、朝から一緒にご飯を食べた幼なじみの声。

 それとは別に、学校へと近づいていく度にどこかしらから視線を感じる。これも横に超絶的な美少女がいるからだろう。


「んー……テスト範囲も発表されたし、早いに越したことはないよなぁ」


 テストは来週の木曜日と金曜日。

 定期試験ということもあって、二日かけて行われるものとなっている。

 そう考えると、あまり時間も残されていないような気がした。


「じゃあさ、明日とかどうかな? 午前中いっぱいして、その……午後から遊ぶ、とか」

「別にいいんだけど……なんでそんなに緊張気味なの?」

「……朝抱き着いた時の感触がまだ残っておりまして」


 やめろ、意識するんじゃありません。

 こっちまで思い出して気恥ずかしくなっちゃうでしょうが。


「それで、どうかな?」

「俺は別に構わんぞ。どうせ明日はゴロゴロするか料理動画を流し見するぐらいだったからな」

「つっくんの料理上手の片鱗を見た気がするんだよ」


 いや、あれが意外と面白くて。

 献立に悩んだ時にパッと思い出せるから非常に助かっている。


「じゃ、いつも通り俺の家でしよっか」

「うんっ! お菓子持っていくね!」

「あ、じゃあ───」

「のりしおのポテチでしょ? 安心してよ、ちゃんと持って行くぜ♪」


 上機嫌な笑みを浮かべて、横を並んで歩く柚葉。

 どうしてか、いつも以上に嬉しさが滲んでいるような気がする。


(……いつもテスト前は同じようなことしてるんだが)


 それでも嬉しいものは嬉しいらしい。

 ……まぁ、柚葉が上機嫌ならそれに越したことはない。

 そんなこんなで歩いていると、ようやく校門前まで辿り着いた。

 すると―――


『あれって、霧島先輩じゃない?』

『誰か待ってるのかな? っていうか、ほんと可愛い……』

『この前、テレビ出てたよね! あのバラエティの!』


 校門前で一際視線を集めている少女。

 どこか暇そうに空を見上げ、どこからか聞こえた通り誰かを待っているような姿であった。

 その少女はふと視線をこちらに向けると、小さく手を振った。


「おはよ、柚葉に入江」

「あ、くーちゃんだ!」


 柚葉が駆け足で霧島の下へと向かう。

 近づくと何故か手を握り、勢いよく上下に振って楽しそうにし始めた。


「どうしたの、くーちゃん? いつもは教室なのに!」

「まぁ、教室でもよかったんだけどね。ただ、せっかくなら途中までぐらいは一緒に行きたかったの」

「一緒に?」

「えぇ」


 首を傾げる柚葉を他所に、霧島の視線がこちらに向く。

 すると、何故かいたずらめいた笑みを浮かべて―――


「じゃ、教室まで一緒に行きましょ♪」


 ―――


「んにゃ!?」


 ふくよかな感触が腕に襲い掛かる。

 柚葉ほど大きくないとはいえ、確かな女の子の柔らかさと甘い匂いが刺激してきた。

 これは……なんというか、筆舌に尽くし難いが朝から天に召されそうだ。


「な、なななななななななななななななな何をしてるの、くーちゃん!?」

「あら、言ったでしょ……負ける気はない、って。幼なじみのあなたとは違って、こっちは学校でしか中々イベントがないもの。こういう時にこそ積極的に行かないとじゃない?」


 そういうのは本人を目の前で言わないでほしい。かなり反応に困るから。


「お、おい霧島。流石にここは往来……」

「ん? じゃあ、離れた方がいい?」

「離れないでいてほしい」

「つっくん!?」


 仕方ないじゃないか。

 文字通りモデル級美少女からのスキンシップなんて、男の子の大好物なんだから。

 往来の目なんか気にしていれば、好物になんてありつけない。


「ふふっ、素直な男は嫌いじゃないわよ。むしろ好印象」


 そう言って、頬を突いてくる霧島。

 その表情はどこか楽しそうで、たとえ周囲の目があったとしても中々無理に振り払えないものであった。


「むすーっ!」


 一方で、可愛らしく頬を膨らませる柚葉。

 どこか胸をくすぐらせる小動物のような可愛さがそこにはあった。


「流石に周囲の目もあるし、さっさと入りましょうか。あと、柚葉がこれ以上可愛さを撒き散らさないように」

「うーむ……確かにこの姿は高校生とは思えない可愛さだ」

「私には出せない可愛さよね」


 二人して頬を膨らませる柚葉を見る。

 考えることは一緒。これ以上幼なじみの可愛さを拡散させないためにも、先を歩いた方がよさそうだ。

 そう思い、二人して先を歩こうとし———


「わ、私もするっ!」


 ―――た時、空いた片方の腕に柔らかさが襲い掛かる。

 視線を少し下げると、そこには顔を真っ赤にした柚葉がどこか必死な顔で抱き着いていた。


「……恥ずかしいならしなくていいんだぞ?」

「こ、ここで退いたらアドバンテージだけで戦わなくちゃいけなくなっちゃうし……ッ!」

「お、おぅ……アドバンテージ、ですか」


 アドバンテージというのはよく分からないが、彼女の中では退けないことでもあるのだろう。

 少し歩き難いのは歩き難いが、それ以上の多幸感に文句などつけられない。


「ふふっ、それでこそ柚葉ね」

「そんなピンチでも立ち上がってくるライバル的な視点のセリフを言われても」

「まぁ、あなたはいいじゃない。文字通り両手に華……自分で言うのもなんだけど、こんな美少女二人からのスキンシップを受けられてるんだから」


 チラリと右を向く。

 美人というのが本当によく似合う、端麗な顔といたずらめいた胸を打つ仕草。

 左を向くと、可愛らしさをふんだんに醸し出すお姫様。愛らしさと羞恥を堪える必死の顔はどうにも胸を擽られる。

 そして———


『おい、あの男誰だ?』

『くっそ羨ましい……俺だって水瀬さんとあんなイチャコラしてぇ!』

『俺なんて霧島さんに声をかけるだけでもハードモードだっていうのにッ!』


 ―――先程から向けられる、嫉妬心に満ち溢れた周囲の顔。


「……向けられるのは好意だけじゃなさそうだけどな」

「幸せ税ってことにしておいたら?」

「うぅ……なんか見られてる、さっきから」


 このあと、学校中に何故か「両手に華を体現した男が現れた」という噂が広がったらしい。

 もちろん、クラスの皆には「身に覚えしかない」と、ちゃんと言っておいた。

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