家にいる幼なじみ
昨日、詩織さんと話してから頭がスッキリしたような気がする。
あの占いを聞いてからの怒涛の日々。最後の金曜と土日を乗り越えれば、一週間が終わる。
柚葉に
(ほんと、詩織さんには頭が上がらねぇ……)
朝の陽射しを浴びながら体を起こす。
平日最終日。今日も面倒臭いが学校に行くためにさっさと身支度を―――
「あ、おはようつっくん」
「…………」
―――する前に、幼なじみが部屋にいた。
「まだ時間あるけど……もう少し寝とく?」
「…………」
「あ、それとも……えーっと……一緒に、寝る?」
「…………」
恥ずかしそうに、少しばかりの勇気を滲ませる笑顔を見せた少女。
端麗すぎる顔は目覚めで曖昧な意識の中でもハッキリと映り、魅惑的な言葉もあって朝から妙な心地よさを与えてくる。
とはいえ、
「……不法侵入?」
「違うけども!?」
「ダメだぞ? 幼なじみ枠だから許されるが、他の人だと野生のポリスメンのお世話になりかねん」
「つっくんにしかしないし、ちゃんと美里さんに入れてもらったよ!」
頬を膨らませて、シーツ越しに俺の太股を叩いてくる柚葉。
俺とは違って制服を着ており、学校へ行く準備はできているようだった。
「……言ったじゃん、一緒に登校しよって」
「言ったのは言ったが……なんで俺の部屋にいんの?」
いつもみたいにリビングでテレビ観るなりしながらくつろいでいればばいいのに。
時計をチラッと見たが、まだまだ時間だってあるわけだし。
「その、美里さんが「つっくんの寝顔ってばめっちゃ可愛いから見て!」って部屋に押し込んできて……」
リビングに行って姉さんの姿が見えたら、メリケンサックで襲いかかろう。
「で、でも見てないからね!? そりゃ、ちょっとは見ちゃったけど、悪いかなーって……」
そう言って、頬を染めながら下を向く柚葉。
手には単語帳が握られており、勉強していたのだと窺える。
見たのは見たのだろうが、今の発言には嘘がなさそうだ。
「……とりあえず、飯でも食うか。あ、飯食ってきた?」
「ううんっ、まだ食べてない!」
「じゃ、一緒に食べるか」
体を起こし、顔を洗う前に着替え―――
「つ、つっくんっ!?」
「あっ」
そういえば、今柚葉が同じ部屋にいるんだった。
いつもの流れで準備しようとしたから、まったく配慮に意識が向いていなかった。
登校中に出会ったら一緒に行くのが高校に入ってからの流れ。柚葉がこうして朝うちに来るのなんて何年振りとかだから、そこら辺が疎かになっていたようだ。
「前も思ったけど……け、結構がっしりとしてるんだね」
俺が悪かったから、そんなマジマジと見ないでくださいお嬢さん。
♦♦♦
「そういえば、そろそろ林間学校があるよね」
食パンを頬張りながら、柚葉がテーブルの対面でそんなことを言ってくる。
「あー、そういえばそろそろだよな。ゴールデンウィークに入る前だったっけ?」
うちの学校では、新学期早々に一泊二日のレクリエーションが行われる。
とはいえ、対象は新しい環境に慣れていない一年生で、新入生同士の親睦を深めるために設けられたもの。
少し変わっているのは、二学年と三学年の何人かが一緒について行って面倒を見ることだろう。
これは志願制で、各クラス希望を募って二年と三年は参加することになる。
「柚葉は志願するのか?」
「うんっ! こういうイベントって体験した方が後々役に立つと思うから!」
「流石は教師志望。積極的なこって」
俺は面倒臭いからやらないけども。
しかし、教職員になることが夢な柚葉にとってはいいイベントかもしれない。
教師になるなら修学旅行とかで引率する機会もあるだろうし、貴重な体験となるに違いない。
「まぁ、その前に定期試験があるけどな」
「ぬぐっ……!」
柚葉の成績はお世辞にもいいとは言えない。
参加するのは構わないが、目下進路に影響するテストの方が問題だろう。
「あ、あのさ……つっくん。その、お願いがあるんだけど―――」
「いいよ、また勉強教えてやる」
「うぅ……毎回ごめんね?」
申し訳なさそうに、柚葉がしょんぼりとした姿を見せる。
いつもなら「ありがと、つっくん! 流石は学年一位! かっこいいぜ☆」って笑顔を見せながら言ってくれるのに。
これも俺が
「別に嫌だとかそういうこと言ってないから安心しろ。俺も教えているとその分予習復習ができるしな」
「私、教師目指してるのに勉強ができないし……なんか情けない」
「そんなことないだろ」
「でも、面倒臭いでしょ?」
「まったく」
食パンを齧り、素直に思ったことを口にする。
「授業中寝てました、っていうのなら問題だが、ちゃんと真面目に受けて家でも勉強してるのは知ってる。苦手なことを夢のために頑張ってるんだ……それを手伝うのに、嫌な気なんてするもんか」
「……つっくん」
「それに、そもそも俺と柚葉の仲だろうが。いつもみたいに「ありがとっ!」とかでも言っておけばいいんだよ」
こういうしょんぼりとした顔はあまり好きではない。
せっかく可愛い顔をしているんだ、笑っていた方がずっと魅力的に映る。
「…………」
食パンを食べ終わった柚葉が、徐に立ち上がる。
そして俺の横に座ると、何故か俺の腰にゆっくりと抱き着いてきた。
「……あ、あのさ? いきなりコアラになってなにしてんのお嬢さん?」
「……つっくんが悪い」
「はい?」
柔らかな感触と、仄かに香る甘い匂いが刺激してくる。
しかし、戸惑う俺を他所に柚葉は―――
「抱き着きたく、なっちゃったじゃん」
頬を染めて、俺のお腹に顔を埋めてくる。
あまりにも可愛らしい姿に何も言えず、俺まで気恥ずかしくなってしまった。
(くそ……辛い、これ)
美少女に抱き着かれる。
これを嬉しく思わないわけがない。
ただ、唐突に抱き着かれて女性経験がない俺がスマートに対処できるわけもなく―――
「お腹までつっくんの心臓の音聞こえてくる……」
「う、うるせぇなぁ……」
俺は食べ終わるまで、可愛い幼なじみを引き剥がすことができなかった。
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