変わっていない
結局、迷子の女の子のお母さんは見つけることができた。
ただ、時間はすっかり夕日が沈みかけ。いまさら遊ぶという時間ではなくなったため、俺達は帰路に着いていた。
「わざわざ家まで送らなくてもよかったんですよ?」
「いやいや、俺のせいで遊べなかったわけですし……」
せっかくの美少女とのデート。
しかも、わざわざ提案してくれたというのにこの最後だ。
申し訳なさを抱かないわけがない。こうして家まで送るなど当たり前である。
(情けねぇなぁ……)
普段生徒会の仕事で忙しいだろうに、空いた放課後を無駄にさせてしまった。
好かれる好かれないとか、そういうの関係なしに楽しませてあげたかった……なんて自惚れだが思ってしまう。
そんな時───
「今日は楽しかったですね」
横を歩く詩織さんが、唐突にそんなことを言ってきた。
「はい?」
「ですから、今日は楽しかったと」
「いやいや、あの子のお母さんを捜すだけでしたよ?」
最終的に女の子は笑ってくれて感謝はしてくれたけども。
高校生が楽しめたような話ではないのは言わずもがな。もしかして気遣ってくれているのだろうか?
……やっぱり、詩織さんは優し───
「気遣いなどではありません」
ピシャリと、詩織さんが言い放つ。
声のトーンがいつもと違い、思わず横を向いてしまった。
「私は、あなたとこうして一緒にいられて楽しかったです。後輩だから、新鮮だから……というのではなく、入江司という男の子と一緒にいられて、楽しかったんです」
公園の前を差し掛かる。
すると、詩織さんは俺の手を引いて中へと向かっていった。
「……よく分かんねぇっすね」
「そうでしょうか?」
「そうですよ」
公園に入り、ベンチの前まで連れて来られる。
詩織さんはベンチに座ったが、俺はそのまま腰を下ろさず端麗な顔に視線を向けた。
思わず、否定の言葉が先も零れそうになった……が、視線を合わせてきた詩織さんの真剣な顔に息を呑んでしまう。
「確かに、学生が遊ぶには面白味に欠ける時間だったかも知れません。しかし、率先として誰かが見て見ぬふりをした女の子を助けた。加えて、女の子を笑わそうと終始語りかけていました……この姿を見て、誰があなたの文句を言うのです?」
「いや、それは───」
「……本当は今日、適当に持ち上げてあなたの卑屈さを否定しようとしたんです」
座ってください、と。
詩織さんはベンチを叩いて座るように促す。
「ですが、そうする前にあなたの言葉を否定する場面がありました」
「……迷子のあの子を助けた時ですか?」
「えぇ、その通りです……優しいではありませんか、今でも」
そう言われると、何も言えない。
ただの自己満足。そう言い返したくても、それはいけないような気がした。
だって───
「結局あなたは、私達を助けたあの頃と何も変わっていませんよ」
柔らかい瞳と、発せられた言葉に対する驚きが有無を言わせてくれなかったから。
「え、あ……マジ、ですか?」
「はい、大マジです。私は初めて出会った時に気づきましたよ」
頭を必死に回す。
しかし、思い出そうとしても中々思い出せなくて───
「あなたにとっては、優しさを向けた人の中の一人なのでしょう。思い出せなくても、私は一向に構いませんよ」
「で、でも……」
「そういう目的で言ったのではありませんから」
そっと、詩織さんが俺の頭を撫でてくれる。
「溺れているところを、あなたは助けてくれました。完璧を追い求めようとしていた、あの頃の私をあなたは引き上げてくれたんです」
そう言われて、ようやく思い出した。
昔、プールで溺れていた女の子を助けて。その子は必死な顔で、切羽詰まっている様子で、情けさなそうに泣いていて。
「……私は、あの時もらった言葉を少し変えてお返します」
その時、俺は確か───
「たとえ昔と変わってしまったからといって、あなたの魅力が下がるわけではありません。私は、あの時言われたあなたに救われ、あなたのおかげで今の私があるのですから」
───笑ってもらえるために、そういう言葉を投げかけたんだった。
「なのに、どうして今のあなたは笑っていないのです? 私は今、楽しくて笑っていますよ」
その証拠に、と。
お淑やかで見蕩れるような笑みを、俺に向けてくれた。
それを見て、少しばかり自己嫌悪に陥ってしまう。
「……馬鹿だなぁ、俺」
「ふふっ、それに……変わってしまったと嘆いてはいますが、私からしてみればほとんど変わっていないですよ」
「そうですかね?」
「えぇ、久しぶりに再会した私が言うのです、間違いありません。まぁ、体も顔もかっこよく成長されてしまったみたいですが」
ふと、暗くなった空を見上げる。
隠していたつもりはない。単に思い出せなかっただけ。
それでも、まさか三大美少女様全員を───
(助けていたなんて……)
驚かずにはいられない。
だけど、詩織さんに言われて……どこか、誇らしく思ってしまった。
柚葉然り、霧島然り、詩織さん然り。こんな魅力的な女の子を、助けたのだと。
恥ずかしくて封印してきたはずなのに、あの頃の気持ちが少しだけ蘇ってくる。
(もう卑屈にはなれないなぁ)
卑屈になってしまえば、それこそ彼女達に失礼だろうから。
俺はどこか晴れ晴れとした顔のまま、詩織さんに頭を下げた。
「ありがとうございます、詩織さん」
「ふふっ、お礼を言うのはこちらのほ……いえ、ここは素直に受け取っておきましょう」
詩織さんは立ち上がり、街灯を背景に俺を見据える。
「彼女達に塩を送るのはここまで」
そして───
「ここからが本番、これからはヒロインレースです。私の想いとお礼は、別のタイミングに取っておきます♪」
お淑やかな雰囲気から漏れた、小悪魔めいた笑顔を向けるのであった。
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