迷子

 言うまでもないが、三大美少女様はよくも悪くも注目を浴びる。

 知っている知らない関係なしに、歩くだけで目立つような容姿をしているからだ。

 よくもまぁ、こんなに綺麗な人が一つの学校に三人も集まったものである。


「入江さんは、何やら堂々としていますね。自惚れているわけではないのですが、私と一緒にいるとかなり視線が刺さって萎縮されてしまう方が多いのですが」

「柚葉で慣れちゃいましたからね。多分、もうステージに立っても緊張しないメンタルが構築できてますよ」


 詩織さんと一緒に学校を出て、俺達は通り過ぎる人達の視線を浴びながら駅前へと向かっていた。

 そこまで都会というわけではないのだが、それなりに大きい街だ。駅前まで行けば、とりあえず娯楽と必需品はほとんど揃う。

 誰かと遊ぶ……となったら、基本的に駅前に行くのが学生の相場だ。

 とはいえ───


「それで、放課後に遊ぶのはいいんですけど───」

「デートです」

「……デートするのはいいんですけど、どこに行くつもりです?」


 言い直させられたことに頬を引き攣らせると、詩織さんは顎に手を当てて考え込み始める。


「そうですね……よく柚葉さんと行くのは、カフェとかショッピングモールなのですが……」

「俺に女子力を求められても……もうちょっとこう、男でも足を運びやすい場所だと嬉しいですね」

「では、駅前のショッピングモールにしますか?」


 確かに、あそこであれば色々なものが揃っている。

 中にはゲームセンターや、バッティングセンターもあるし、遊んだりゆっくりするにはちょうどいいかもしれない。


「ベストアンサーっすね、そうしましょう」

「ふふっ、では決まりですね」



 ♦️♦️♦️



「これは違うと思います」


 なんて口にしたのは、ショッピングモールに辿り着いてから。

 中に入り、足を止め、眼前に映ったのは……男ものの要素が一切感じられない、レディースの洋服専門店であった。ベストアンサーもクソもない。


「あら、そうでしょうか?」


 何着か手にしている詩織さんが首を傾げる。

 この空間に似合うのはあなただけだというのに、どうして目の前にいる場違いに気づいてくれないのだろうか?


「いや、こんな男場違いな店は流石に……もし男が足を運ぶなら、それこそ可愛い彼女に「ねぇ、これ似合う?」みたいなシチュエーションでしか見ないです」

「入江さんはどちらが似合うと思いますか?」


 合わせてくるんじゃないよ。


「はぁ……俺に意見求めないでください。女の子と出掛けた経験なんてそれこそ柚葉だけですし、女の子の似合う似合わないを答えるには男レベルが足りないです」

「まぁまぁ、単に入江さんの意見をいただきたかっただけですので、気軽に───」

「そうですね……ブラウスはいいチョイスかと。季節感に合わせて今持っているシンプルな白でもいいですし、こっちのパステルカラーにしてもよさそうです。できればシアー素材やサンダルを合わせて肌を少し見せた方が女性らしく纏まるかも……」

「お、お詳しいですね……」


 どうしてか、意見を求めてきたはずの詩織さんが頬を引き攣らせている。

 せっかく慣れていないなりに答えたのに、その反応は少し傷つく。


「で、ですが貴重な参考意見です……今度、買うことにします」


 そう言って、詩織さんはせっかく手に取った服を戻しに向かった。

 別に俺の意見通り買ってほしいとまではいかないのだが───


「今買わないんですね」


 戻ってきたタイミングで、詩織さんに尋ねる。

 まぁ、きっと荷物になるとかそういう理由があるのだろう。


「ここで買ってしまえば、から。また選んでもらうことにします」

「ん? そうですか?」


 抜け駆け……というのはいまいちピンと来ないが、また一緒に出掛けるつもりなのだろうか?

 嬉しいのは嬉しいが、俺でいいのか? と思ってしま───


「入江さんがいいんですよ」


 何も言っていないはずなのに、詩織さんは笑みを浮かべて店の外に出てしまった。

 心を読まれているような、そんな感じ。


(……釘を刺されたみたいだな)


 詩織さんであれば、もっといい男がいるだろうに……なんて卑屈さを否定してきた。

 そういうのを顔に出したつもりはないのだが、気づいてくる辺り本当に彼女には敵わない。


「これも歳上の魅力ってやつかな……って、ん?」


 詩織さんのあとを追おうと店を出た瞬間、ふと視界の端に子供が蹲っている姿が見えた。

 思わず、足が止まってしまう。


「どうかされましたか?」

「……ちょっと待ってもらっていいですか?」


 俺は首を傾げる詩織さんに謝り、その子供の方へと向かう。

 小さな女の子。ただ、泣いているのを我慢しているのか、肩を震わせて膝を抱えていた。

 店の前だというのに、誰も声をかけない。少なくとも、何人かは前を通っただろうに。


(はぁ……まったく)


 内心に沸いた少しの苛立ちを抑え、屈んで子供に視線を合わせる。


「どした? そんな泣きそうな顔して?」


 俺が声をかけると、女の子はゆっくりと顔を上げた。

 小学生……の、低学年ぐらいだろうか? こんな場所で一人なんて───


「……お母さんとはぐれた」

「そっか。お店の人に頼んで、お母さん呼んでもらうか?」


 女の子は必死に首を横に振る。

 きっと、お母さんに迷惑はかけたくないとでも思っているのだろう。

 口にしたからか、改めて女の子の瞳に涙が浮かぶ。

 ……どうしても、姿感情を揺さぶられてしまう。

 突き刺さるような、罪悪感のような……笑ってほしい、なんて。

 今、自分は詩織さんと一緒に出掛けていて、一人ではない。

 それでも、どうしても思ってしまう。


「お兄ちゃん達な、今ちょうど隠れんぼに付き合ってくれる人を捜してたんだ」

「……ふぇっ?」

「だからさ、一緒に君のお母さん捜してくれないか?」


 俺は女の子に向かって精一杯笑顔を向け、手を差し出す。

 女の子は一瞬だけ躊躇したものの、おずおずと手を握り返してくれた。


「……すみません、詩織さん。勝手に決めちゃって」


 小さく、言葉を漏らす。

 いつの間にか近づいてきていた先輩。

 詩織さんは俺達と同じ視線になるよう、屈んで同じように笑顔を浮かべてくれた。


「ふふっ、構いませんよ。今日は子供心を思い出して隠れんぼにでも興じましょうか」


 そう言ってくれたことに、思わず胸を撫で下ろす。

 せっかくの放課後なのに、勝手に決めて、台無しにして。

 それなのに、こうして笑ってくれる。


「……ほんと、優しいですね」


 俺は女の子の手を握り、立ち上がって先を歩き出す。


「んじゃ、隠れんぼが上手なお母さんを捜すか! 見つけたら、お兄ちゃんが飴ちゃんを進呈しよう!」

「うんっ」


 少しだけ、女の子の表情が晴れた気がする。

 それが嬉しくて、思わず口元が緩んでしまった。



 ♦️♦️♦️


(※詩織視点)


「ほんと、お優しいのはどちらですか」


 先を少し歩く入江さん。

 その後ろ姿を見て、私も思わず口元が緩んでしまいました。


(……私が特段何かをする必要もありませんでしたね)


 ただ何故か。

 それが嬉しいと思ってしまうのですから、随分と私もゾッコンなようですね。

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