デートとは?
(デート……デートとはなんぞや?)
忙しなく帰っていく生徒が前を通る。
長い授業が終わり、ようやく縛りから解放されたクラスメイトの何人かが一目散に教室から出ていってしまった。
そんな中、俺は一人席に残ったまま頭を悩ませる。
何せ―――
「……なぁ、デートってなんだ?」
「いきなりそんな童〇発言されても」
正面に現れた郁人が真顔で首を傾げた。
どうしてか、今手元にメリケンサックがないのが悔やまれる。
「それで、デートってどうしたの? まさか、水瀬さんと?」
「いや、俺もあまりよく分からないんだが―――」
そう言いかけた時だった。
背中からポンと、軽く叩かれて艶やかな金髪が視界に映ったのは。
「つ、つっくん! 一緒に帰ろうぜっ!」
どこか上擦っている声。
少し横を向けば、そこには愛らしい顔立ちをした柚葉の姿があった。
ただし、胸元のボタンが二つほど外れて中身が見えそうになっていたが。
「着崩すのはいいが、せめてボタン一つにしなさい」
「ア、アピールです……」
「安心しろ、男はボタン一つだけでも充分に胸打たれる」
そ、そっか、と。頬を染める柚葉のボタンを一つ閉めてあげる。
見た目ギャルっぽいのはいいんだが、はしたなくない程度にしないと変な男が寄ってくるからな。
「(……初々しいカップルにしか見えないんだよなぁ)」
ボソッと、郁人が何かを言ったような気がするが……まぁ、大したことないだろう。
「それで、つっくん……その、一緒に帰ろ?」
「あー……すまん、今日はなんかデートらしい」
「デート!?」
俺が胸元のボタンを閉めてあげたからか、代わりに瞳に涙を浮かべた柚葉が俺の胸元を掴んでくる。
こっちはしっかりボタンを閉めているというのに。これでは単なるカツアゲ一歩手前だ。
「デ、デデデデデデデデデデデデートって、誰と!? まさか、くーちゃん!?」
ここで霧島の名前が挙がってくるあたり、本当に情報伝達が早いお嬢さんたちだ。
「……ん? あれ、でも「らしい」ってどういうこと?」
「いや、実はな。俺も急な展開でよく分かっていないというか―――」
そう言いかけた時だった。
「あの、入江さんはまだいらっしゃいますか?」
教室の入り口から一人の美少女が姿を見せる。
上品な佇まい、お淑やか感じる雰囲気。ただ姿を見せただけだというのに、自然と目を惹いてしまう容姿の女の子であった。
『お、おい……どうして生徒会長が?』
『あ、相変わらず本当に綺麗……』
『っていうか、なんで三大美少女様が入江なんかを?』
案の定、教室に残っていた生徒達の視線が移り、ざわめき始める。
流石は校内で知らぬ者はいない人気者。少しでも場所と時間が違えば、黄色い歓声でも挙がってしまいそうだ。
「あっ、しーちゃん先輩っ!」
胸倉を掴んでいた柚葉が詩織さんを見るなり、一目散に駆け出して胸に飛び込んでいった。
「ふふっ、相変わらず元気ですね、柚葉さんは」
「えへへっ」
よっぽど慕っているのだろう。
嬉しそうな表情が柚葉の顔にありありと浮かび、詩織さんもどこか妹を見るような柔らかいものを見せている。
こうして三大美少女様が一緒に……なおかつ、抱き合っている姿は初めてかもしれない。
だからからか───
「……この構図、完璧だな」
「滅多にお目にかかれない眼福っぷりだよね」
美少女×美少女。
どうしてか、ただ視界に収めているだけだというのに目が洗われているような気がしてくる。
「それで、しーちゃん先輩……つっくんに何か用事なんですか?」
「はい、ちょっとお説教を」
「更衣室覗いたの、つっくん!?」
こらこら君達、そういう冗談は身内のモデルさんに言ってあげてくれ。
「というのは冗談で、これから入江さんとデートなのです」
「デート!?」
柚葉の大きな声が、クラス中に響き渡る。
おかげで、先程まで美少女達の構図に向けられていた視線が俺へと向けられた。
「え、えええええーっと……その、くーちゃんの言う通りやっぱりしーちゃん先輩って……あぅ……」
とはいえ、そんな視線に気づかず柚葉は頭がショートしているのか、足元が覚束なくなった。
しかし、そのあと詩織さんがこっそり耳元に口を近づけて―――
「(ご安心ください、抜け駆けなどしませんよ)」
「(ふぇっ!?)」
「(ただの可愛い後輩へのお節介ですから)」
何かを言うと、詩織さんは柚葉の頭を優しく撫でた。
可愛らしく少し頬を膨らませているあたり、色々言いたいことはあるのだろう。だが、柚葉はグッと堪えてズカズカと俺の方までやって来て徐に手を握ってくる。
どうしたのか? そう疑問に思っていると、今度は柚葉が俺の耳元に口を近づけてきた。
「(あ、明日……一緒に登校しようね)」
「(…………ッ)」
その言葉に思わず少しだけドキッとしてしまったのは、横に迫る顔を真っ赤にした柚葉の端麗な顔があったからだろう。
自分で顔を近づけておいて気恥ずかしくなったのか、慌てて俺の背中を押して詩織さんの方へと促した。
「ふふっ、柚葉さんも抜け目がありませんね」
「……あまりそっちサイドだけで話を進めないでいただけると。当事者なのに蚊帳の外感が凄いっす」
しかし、女の子には男に聞かれたくない話があるというのは知っている。
あまり深くは聞かず、詩織さんと一緒に教室を出た。
すると、今度は―――
「あら」
ばったりと、教室の入り口で霧島と出会ってしまった。
本当に、ここ一週間で三大美少女様のお姿をよく目にするような気がする。
「こんにちは、来栖さん」
詩織さんが上品な笑みを見せる。
霧島は俺と詩織さんへ交互に視線を向けると、何故か唐突にため息をついた。
「はぁ……まぁ、予想はしていたけど案の定ってことか」
「案の定? っていうか、なんかうちのクラスに用だったのか?」
「あなたにアピールしようと思って来ただけよ」
なんて反応に困るへんじぃ。
「……でも、やめたわ。今日は大人しく柚葉と遊ぶことにする」
「あら、よろしいのですか?」
「よろしいも何も、競ってる間柄かもしれないけど詩織さんのことは信用してるから。私達にちゃんと話す前に何かしようとはしないでしょ」
「可愛い後輩に信用されると嬉しいですね……どうしてか、抱き締めたくなってしまいます」
「……また今度にしてちょうだい」
どうやら、断りはしないらしい。
霧島は俺の肩を小さく叩くと、そのまま俺達の教室へと入っていってしまった。
その姿を見送ると、ようやく廊下から集まる生徒達の視線に気がつく。
校内の人気者。学校の生徒会長。
今まで浮ついた話がなかった人間が、男と二人並んでいるのだ。気にならないわけがない。
しかし、当の本人は周囲とは正反対に気にする様子もなく―――
「さぁ、入江さん……私とデートをしましょうか♪」
見惚れるような、可愛らしい笑顔を向けてくるのであった。
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